■『叙情と闘争 辻井喬堤清二回顧録辻井喬 / 中央公論新社 1800円+税
 「不徳のいたすところもあって、功も名も遂げていない」「自叙伝のつもりはない」と断わる。
 西武百貨店セゾングループの栄枯盛衰は、まだ記憶にある。美術館、出版、書店、広告など文化・芸術を戦略にした経営者だった。文学者としては、平林たい子賞谷崎潤一郎賞など多数受賞している。
 本書を「ビジネス書」で紹介していいのか? 著者名「辻井喬」であるなら「文芸書」ではないか? 表紙ジャケットは、どう見ても原稿用紙。やっぱり「文芸書」やろ、と思いながら紹介する。
 他人が単純に考えると、「叙情」は文学者としての立場、「闘争」は経営者としての立場と血族との葛藤だろう。 本書と並行して『全詩集』が進行中。詩作を続けられたのは「友人たちの寛容さ、優しさのお蔭」で「詩の全集こそ、僕にとっての『叙情と闘争』ではないか」と書いている。
 ご存知のとおり、父は西武グループ創始者衆議院議長「ピストル堤」こと堤康次郎、母は歌人・大伴道子。父には数多くの女性がおり、異腹の兄弟姉妹が何人もいた。母の死後、永井道雄、丹羽文雄塚本邦雄大岡信とともに全集を編纂している。「叙情」は母で、「闘争」は父と兄弟ということか。でも、経営にも多分に「叙情」を取り入れた。本人にとっては、すべての活動が「叙情」と「闘争」だったということだろう。
 それにしても、学生運動、文学活動、父親の秘書、経営者という経歴の中で築いた人間関係は華麗である。戦後昭和史の縮図といえる。


(平野)