週刊 奥の院 9.6

今週のもっと奥まで〜 
■ サクラメイサ 『熱タイ色恋花火』 角川文庫 514円+税
 
 聞きなれない作家。実は……
(帯) 

南の楽園タイに咲く色鮮やかな官能の花
覆面直木賞作家によるエロスと希望の物語


 Hから始まる“愛”の連作集。
「水という名の女」より。
 高校教師・孝三郎、45歳独身。長い休みはタイで過ごす。冬休み、いつものようにバーで女性の誘惑を待っている。

……
 ありとあらゆる女がいる。多民族国家であるだけに、見目形のバラエティさは界隈を華やかに彩って、夜ごと、ゴッタ返している。現地人の小金もちも来るが、およそ観光客も含めた異国人の行くところ。得体の知れない、これもありとあらゆる男どもの品定めにあって、相手をする女も大変だろうに、と思うのはこちらの勝手な感想で、眼前にくり広げられる光景には、みじんの暗さも感じられない。……
[ナーム(タイ語で「水」、ニックネーム)という美しい娘。貧しいだろうが「笑顔はこれ以上の豊かさはない、豪華な笑み」と感じる]
「ナムちゃん」
 孝三郎が呼ぶと、オーケーと微笑んでみせた。ナとムの間に高低の声調をつけて発音するのが正しいのだが、呼び名はそれでいい。
 笑うと、カタチのいい厚めの唇が左右に引かれ、まくれ上がった唇から真っ白な歯並とわずかに歯茎ものぞいた。向かい合ってからは、その唇がチュッとこちらの唇に触れては離れ、また重ねることをくり返す。カウンターの円い回転椅子は、女の腰骨がちょうど両脚の間に入る高さで、短いキスを重ねるたびにグイグイと弾みをつけて押しつけてくる。……
(夜が更けてくる。彼が時間を確かめると、ナムは慌てたように抱きついてきた)
 こんどはチュッとではなく、唇をぶつけるように重ねて濃厚なサービスをはじめる。歯を越えて舌を差し入れ、グルグルと暴れてみせる。……
「ぼくのことが好きかい?」
 尋ねると、しっかりうなずいて、
「チョープ(好き)」
 と返してきた。
「あなたは可愛い」
 クン・ナーラック、とナムはつづけた。女から可愛いなどと呼ばれたことは未だかつてない。
 それでふっ切れた。肩をポンと叩いて、
「行こう」
 と、孝三郎は告げた。
……

 滞在中、愛の生活。ナムは27歳、離婚歴あり。子供ひとり、姉が田舎で面倒をみてくれている。ナムには西洋人の恋人が二人いて、彼らもしばしばタイにやって来る。その一人、スウェーデン人に求婚されているらしい。孝三郎は結婚を迷う。自分がOKといえばナムは自分を選ぶだろう。結論を延ばす。
 冬休みが終わり帰国。ナムと子供と暮らすことを決め、田舎の母親と兄妹に事情を説明。皆あっさりした答え。
 3月春休み、タイに。ナムに電話するが……切れた。部屋を訪ねる。スーツケースと子供のリュック。

「どこへ行く?」
スウェーデン
「いつ?」
「今夜」
……(長い沈黙)……
「幸せになる。いいね」
 やっとそれだけをいった。
 うなずいたナムの目から、ドッと涙があふれ出た。

 遅かった〜。


◇ うみふみ書店日記 
9月5日 木曜 
 休みで家事。
「みずのわ」ブログが反響を呼んでいる。賛否ありましょう。でもね、批判するなら名乗ろうよ。
 
 転勤したばかりのYさんからメール。大きな組織は大変だ。
 Yさんはどこでも大丈夫です。
 どうしてもしんどかったら、あんたにゃ「明日本」がついている(私、仮幹事やりまっさかい)。いつでも足引っ張るし、蹴倒すし、なんなら二日酔いで出勤させる。
 人文会だって仏教書総目録刊行会だって歴史書懇話会だって、特にうるさいNRやら平和の棚やら、なんといっても図書普及(株)の姐さんがついてるでえ。
 
 神保町T堂の『眼』面珍写真がきた。T堂の皆さん、ありがとうございます。そやけど、『ベストセラーの世界史』と並べるのは冗談きつ過ぎ。


(平野)