週刊 奥の院 8.30

今週のもっと奥まで〜
■ 石田衣良 『水を抱く』 新潮社 1600円+税 
 伊藤俊也、恋人と別れたばかり。人生相談のサイトに投稿したら、何人からか回答。「ナギ」という女性が「ユーモアあふれる冷静な文章でひときわ目立っていた」。
「自分を責める理由はない。別れた人が別の誰かの最善の相手になる。恋は観覧車のようなもので乗る気になるまで眺めていればいい……」
 助けられた、と思う。
 その「ナギ」に会う。

……
 この人が凪なのか。
 変わったハンドルネームだけれど、別にかまわなかった。どこかの星のプリンセスとか、魔法つかいを名のる多くのネット住民よりはまだましだ。
 ナギは黒のワンピースに、黒いレザージャケットを重ねていた。足は黒の網タイツに黒いパンプスだ。棒のように手にもっているのは、黄色い軸を白い花びらが丸く包む飾り気のない花が一輪。あれはカラーという花だろうか。俊也はその人の姿を見て、なぜか葬式を連想した。淡い色の春服ばかり見てきたせいかもしれない。穏やかな春の光をのむような黒の重ね着が強烈だった。
「はじめまして。ナギさん、ですか」
 険しかった表情がぱっと明るくなった。五歳ほど年上だときいていたが、笑顔になると々くらいの年に見えた。もともと童顔なうえに、化粧が薄いせいかもしれない。
「あなたが俊也くんなんだ。座って、座って」


 セミロング、ストレートの黒髪。ドレスの胸元は深くえぐれ、静脈が透けて見えるほど白い肌。仕事せず、結婚もしていない。この1年でブレーキが壊れたと告白する。
 俊也は仕事の途中。夜に改めて会う約束。
 待ち合わせの場所に行くと、彼女は顔つきが変わり、髪は乱れ……、数時間のうちに何があったのか。

「俊也くんは今どきの草食男子なの」
(彼女はいたずらを思いついた少女のように笑った)
「かんたんに草食かどうかわかる試験があるよ」
 半円形のソファのむこうで、ナギが身体をしずめてた。パンプスを脱いだつま先が俊也の両脚を割って伸びてくる。身体のなかで血が逆流した。顔が赤くなったのがわかる。くるぶしからふくらはぎをのぼってくるナギのつま先から、なぜかボディソープの匂いがした。……


◇ うみふみ書店日記 
 8月28日 水曜
 お土産がいらして、「みずのわ」をもらった。また逆か?
 Y社主、仕事ついでに【海】撮影。「みずのわ」ブログ「眼 番外編」、過去の写真がブレブレで、彼が撮影やり直し。
 夜、店長と3人での久々「赤松」。プラスどっかのべっぴん編集者。
 妻は同僚と「【海】閉店激励会」。ここにもべっぴん編集者。
 
27日「神戸」夕刊の「本屋の日記」はアカヘル担当最終回。「レモン事件」他。
「自分の好きな本について書くことは、売ることと同様に、難しくも楽しい仕事でした」

 成田一徹・切り絵個展「新・神戸の残り香」 チラシ出来。 
9.21(土)〜9.27(金) 2Fギャラリースペース
【海】最終最後のイベント。

 室井まさね『漫画 うんちく書店』(メディアファクトリー新書)に【海】のことが。
「第8話 お探しの本はここにあります」のP81にヒトコマ。

――そして海と船の本を探すなら神戸・元町の「海文堂書店
ここは海事専門出版社「海文堂出版」の出店でインディーズ本も多彩だ!

 ありがとうございます。でもね、もうすぐ消えます。 

「ほんまに」のファンで復活を待ってくださっていたご老体。「シベリアから帰ってきてからずっと通っている」。

 常連のご婦人。「ほんまにやめるのん! なんでよー、なんで、なんで……」。怒りと悲しみ。まるで男女別れの修羅場。ごめんなさい。

 8月29日 木曜
「朝日」記事。鴎外の小説『舞姫』のエリスのモデル、エリーゼ・ヴィーゲルトさんの写真発見。ベルリン在住の作家、六草(ろくそう)いちかさんが捜し出した。エリーゼの孫が所蔵。
六草さんの著作「それからのエリス いま明らかになる鴎外『舞姫』の面影」(講談社、9.3予定)でくわしく。
http://www.asahi.com/culture/intro/TKY201211050450.html

同じく、第49回谷崎潤一郎賞川上未映子愛の夢とか』(講談社)。
同じく、詩人・塔和子さん死去。
 ゴローちゃんが集めてくれる「つぶやき」にいつも泣いてしまう。N社のSさんが私の“泣き虫”をばらしてしもうたので、もう公言する。
 今日泣いたのは[TOMOKO]さんの。
https://twitter.com/tmkmilkyway
 悲しうて、やがて、にっこり。

 【海】OBから、「資料が散逸しないうちに集めておかないと……」。

◇ 先週のベストセラー
1.成田一徹  新・神戸の残り香  神戸新聞総合出版センター          
2.      神戸市戦災焼失区域図 復刻版  みずのわ出版           
3.曽野綾子  人間にとって成熟とは何か  幻冬舎新書
4.ハワード・パイル作・画  銀のうでのホットー  童話館出版     
5.林真理子  野心のすすめ  講談社現代新書
6.阪神文化交游会  阪神間からの贈りもの  神戸新聞総合出版センター
7.白洲正子  たしなみについて  河出書房新社
8.百田尚樹  海賊と呼ばれた男(下) 講談社    
9.堤未果  (株)貧困大国アメリカ  岩波新書     
10. 桜木紫乃  ホテルローヤル  集英社                     


(平野)