週刊 奥の院 8.9

今週のもっと奥まで〜
■ 花房観音 『萌えいづる』 実業之日本社文庫 533円+税 
 平家ゆかりの寺々、参拝客が観光の合間に想いを綴るノートがある。悲しい告白。
 表題作は「祇王寺」のノートから。
 祇王寺は清盛の愛妾・祇王が出家した寺。清盛が若い仏御前に心を移し、祇王は館を出る。時は流れ、祇王の元を仏御前が訪ねてくる。彼女も髪を下す。
 主人公・陶子も似た境遇。今は土産物屋で働く。若き日は祇園のクラブで働きながら女優をめざしていた。老舗の仏具店主人・総一郎の愛人になったが、やがて彼の心は若いつぶらに。男は亡くなる。ある早朝、つぶらが陶子の家に。いきなり「泊めて」。陶子が仕事から戻ると、つぶらが食事の用意をして待っていた。

……
 つぶらは炬燵でいいと言ったが布団を並べて敷いた。
 テレビもない家は静かで、何かする気にもなれずに十時には陶子もつぶらも布団に入った。今日は忙しかったせいか、うつらうつら眠気に襲われる。陶子は目を閉じた。
 どれくらい経ったのだろうか。すぐだったような気もするし、夜中だったような気もする。
「あっ……」
 陶子は自分の声で目が覚めた。柔らかく暖いものが自分の上に覆いかぶさっていた。
 包み込むように身体を抱きしめながら、ぬめりを帯びた熱いものが、自分の右の乳房の頂上を含んでいる。含まれながら、ちろちろと細かに振動が伝わり、全身に広がった。
「な、何……?」
 自分が一糸まとわぬ姿になっていることに気付く。そして自分の上にいるものが裸の体温を伝えていることも――。
……


うみふみ書店日記 その32
 8月1日 木曜
もう8月。小学生時代の夏休み、まだこの頃は余裕あった。高校野球が始まって、準々決勝くらいになるとあせってくるという思い出。
 
 8月2日 金曜
「朝日」神戸版にみずのわ『神戸市戦災焼失区域図』紹介。
復刻版をきっかけに空襲の貴重な記憶を子や孫に語ってほしい。
 荒蝦夷Hさんより電話。近々関西出張あり、『本屋図鑑』やっと入手、「みちのく怪談フェア」など。東北の冷夏は深刻だそう。

 8月3日 土曜
「みなと神戸海上花火大会」。家から見える。何せ六甲の高台で……、嘘です。ビルとビルの隙間からチラチラと。

 8月4日 日曜
「朝日」訃報。「ひょっこりひょうたん島」の人形作家・片岡昌(あきら)さん死去、71歳。
妻の実家の墓参り。親戚の小3女子が似顔絵を書いてくれた。ちゃんと毛がある。

 8月5日 月曜
 タイムカード横に、「朝礼時、新刊紹介なし」の貼り紙。イヤな予感。
 「9.30をもって閉店」の通告。紙切れ3枚。事務上の文言だけ。「これだけか〜?」
 7月後半の常備入荷がない版元があった。京都の出版社からは「トーハンから常備出荷ストップの指示があるが、どういうこと?」の問い合わせもあった。誰と言えないが、ある出版社の人から「閉店の話が複数のルートからきている」との知らせも受けていた。深く考えていなかった。
 紙切れには閉店までのスケジュールが記されている。改装後、建物に入るテナントも決定している。何もかもがとっくの昔に決まってしまっている。
 情けない話。涙も出ん。
神戸新聞」夕刊第一面記事で報道あるのは、【海】が伝えたからでしょう。H記者が社長にインタビュー来店。
 閉店ニュース、Web上で広がる。サンテレビでも。他の新聞社からも取材、店長がかかりっきり。
 夕方から電話鳴りっぱなし。出版社から、顧客から……。メールも。もちろん店頭でも。
 店内で記者がお客さんにインタビュー。
 N葉社Sさん、【海】の写真を撮りたいと電話。
 詩人Oさんが棚の影で手を振って泣いている。
 帰宅して、妻に報告。娘にも報告。

 8月6日 火曜
 朝礼は私の当番。
「眠れなかった方もいるでしょう……もっといい話で騒がれたかった」
 閉店に向けて進むしかない。
 電話、来店、メール続々。
 顧客Sさん、「できることないか? 座りこもか?」
 丁重にお断りした。
 昨日心配してメールくれた桃さん、JR途中下車して、閉店した店の前で泣き叫んだそう。
 姫路から来られたという社長さん、「あとはどうなるのか? 未定なら買いたい」と。決定済みです。
 久しぶりに神戸に来て古本屋さんで聞いてきたという方、「これだけ本を揃えていて閉店するのは悔しいやろな」。
 喜寿で現役本屋Mさん、「そろそろ引退も考えとったんやけど、家事してフライパン持ってて思うたんや、ワシはやっぱり本を持って死にたい」。
 尼崎の古書店ご主人、「イカロス書房閉店以来の衝撃です」。
 お客さん多数、売り上げも5〜6年前の数字。......閉店セール?

 8月7日 水曜
 目覚めて、「悪い夢見たな」と思ったけど、やっぱり夢とちゃうかった。
 毎日放送「ボイス」取材。
 住吉のおじいちゃん、「ワシ、来るとこなくなるやん」。
 14時、N葉社SさんとカメラマンMさん来店。店内を閉店後まで撮影。来店にあたって、P社Iさんの支援ありとのこと。皆さんに感謝。
 Sさん、ゴローちゃんと雑誌の話も。こんな状態で始動できるだろうか。こんな状態だからこそ?
「神戸」朝刊コラム「正平調」。
http://www.kobe-np.co.jp/column/seihei/201308/0006227297.shtml

 西宮のKさん、以前古いブックカバーの話をしてくださって、本日ご持参。 
 紙は黄色っぽく、袖に住所と電話・FAX番号、古いURL。1枚くださる。

 NR出版会HP連載「書店員の仕事」。静岡市戸田書店・井谷さん、「書店でしか味わえない『体験』を演出する」。
http://www006.upp.so-net.ne.jp/Nrs/memorensai_36.html

 明日(9日)HPと「海会」で正式発表あり。


◇ 先週のベストセラー
1.      神戸市戦災焼失区域図 復刻版  みずのわ出版     
2.成田一徹  新・神戸の残り香  神戸新聞総合出版センター           
3.桜木紫乃  ホテルローヤル  集英社
4.曽野綾子  人間にとって成熟とは何か  幻冬舎新書 
5.伊坂幸太郎  死神の浮力  文藝春秋
6.蛇蔵&海野凪子  日本人の知らない日本語4 海外編  メディアファクトリー
7.柏木惠子  おとなが育つ条件  岩波新書
8.中見真理  柳宗悦  岩波新書    
9.槙木孝子・鬼木豊  長生きしたけりゃふくらはぎをもみなさい  アスコム      
10. さだまさし  風に立つライオン  幻冬舎    

(平野)