週刊 奥の院 8.8

■ 中島岳志 『血盟団事件』 文藝春秋 2100円+税 

血盟団事件
 1932(昭和7)年2月井上準之助暗殺、3月団琢磨暗殺。

……日蓮主義者・井上日召に感化された若者たちが引き起こした連続テロ事件で、井上準之助(元大蔵大臣)を暗殺した小沼正(おぬま しょう)、団琢磨三井財閥総帥)を暗殺した菱沼五郎の両者は、共に茨城県大洗周辺出身の青年だった。彼らは幼馴染の青年集団で、地元小学校の教員を務めていた古内栄司を中心に日蓮宗の信仰を共にする仲間だった。
世界恐慌第一次世界大戦、経済悪化、貧困問題……)出口の見えない苦悩が社会全体を覆っていた。
 彼らはそんな閉塞的な時代の中で実存的な不安を抱え、スピリチュアルな救いを求めた。また、自分たちに不幸を強いる社会構造に問題を感じ、大洗の護国寺住職だった井上日召の指導のもと、富を独占する財閥や既得権益にしがみつく政治家たちへの反感を強めていった。

 井上日召(1886〜1967)。事件で無期懲役。40年仮出所。近衛文麿のブレーン。
井上は大洗の青年を束ね、上京して安岡正篤門下の学生たち(四元義隆ほか)を引き込む。青年将校と国家改造計画。

……自分たちこそが昭和維新のための「捨石」とならなければならないとの思いを強め、密かに青年たちを鼓舞した。
 彼は「一人一殺」をスローガンにかかげ、有力政治家や財閥のリーダーを次々に殺害する連続テロ事件を構想。茨城の農村グループと東大生を中心とした学生グループが連携して計画を推し進め、ついに暗殺テロが実行に移された。団を射殺した菱沼は、事件後、「これは神秘的な暗殺だ」と語った。日蓮主義的スピリチュアリズムテロリズムがここで結びついたのである。


目次
序章  最後の血盟団員 「話したってしょうがないんだ」 血盟団事件に遡行する
第一章  若き井上日召 
第二章  煩悶青年と護国堂
第三章  革命へ
第四章  一人一殺
終章  一斉逮捕 五・一五事件と川崎長光 血盟団事件とは何だったのか

 経済不況による生活苦、農村の病弊、仕事を求めて上京しても苦境。地方から売られた女性たちが都会の男たちの欲望の対象になる。格差、弱者は貧困から抜け出せない。

 しかし、政治は無策だった。既成政党は互いに足を引っ張り合うばかりで、有効な製作を打ち出せなかった。さらに、汚職事件が次々に発覚し、政治不信は頂点に達した。

 暗い世相と閉塞感。井上は苦悩を抱え込み煩悶。自殺を試みたが止められた。流浪の末、仏教に出会い、独自の修行で神秘体験。

……「立ち上がれ!」「お前は救世主だ。一切衆生のために立ち上がれ!」という天の声を聞き、国家改造運動へと身を寄せて行った。……

 生存者、関係者にインタビュー。構想から5年。血盟団事件を追いかけながら、現代社会を考える。

(平野)