週刊 奥の院 7.25

■ 『ふるさと文学さんぽ 広島』 監修 柴市郎(尾道市立大学教授) 大和書房 1800円+税
○失われた、暮しの中の、文化。 大林宣彦 
父と暮せば 井上ひさし
○HIROSHIMA 井上陽水奥田民生
○巡礼 山代巴
○瀬戸内海はカキにママカリ 檀一雄
○蝦獲り 原民喜
○山寺の和尚さん 内田百輭
○スカウト 後藤正治
○鞆の津 宮城道雄
○管弦祭 竹西寛子
……
父と暮せばより。
 原爆投下から3年後。美津江は爆死した父・竹造の幽霊と暮らしている。父を置き去りにしたことを申し訳ない、幸せになる資格はないと悩む。恋心を絶つべく、交際相手に別れの手紙を書いている。

竹造 いつものややこしい病気がまた始まりよったな。
美津江 ……ちがう!
竹造 いんにゃー、病気じゃ。(縁先に上がる)わしゃのう、おまいの胸のときめきから、おまいの熱い(あちー)ためいきから、おまいのかすかなねがいから現れよった存在なんじゃ。そいじゃけえ、おまいにそがあな手紙を書かせってはいけんのじゃ。
......


 織田作之助 『夫婦善哉 正続 他十二篇』 岩波文庫 800円+税   
 織田作之助(1913〜47)生誕100年。
 8.24からNHK土曜ドラマ夫婦善哉」(全4回)放送。
「めおとぜんざい」。一見しっかり者の女房と、女房の稼ぎで放蕩する夫……という物語だが、そうでもない物語。
「続」は2007年鹿児島県川内まごころ文学館で原稿が発見された。
 他、芥川賞候補「俗臭」、自ら「或る意味で私の処女作」と言った「雨」、棋士坂田三吉を主人公にした「聴雨」など。
 カバーの絵は田村孝之介、『夫婦善哉』初版(創元社昭和15年刊)。


 『鏡花随筆集』吉田昌志編 岩波文庫 900円+税 
 泉鏡花生誕140年。
 解説より。

 小説や戯曲が鏡花世界の経(たていと)だとすれば、随筆はその緯(よこいと)である。鏡花の随筆を読むとは、そうした経緯の織りなす綾を確かめながら、豊かな世界のなりたちを知ることだといえよう。……

 55篇精選。
「紅葉先生逝去前十五分間」

 明治三十六年十月三十日十一時、……形勢不穏なり、予は二階に行きて、謹みて隣室に畏まれり。……
 人々は耳より耳に、耳より耳に、鈍き、弱き、稲妻の如き囁きを伝え居れり。
 病室は唯(ただ)寂(しん)として些(さ)のもの音もなし。
 時々時計の軋る声とともに、すゝり泣の聞ゆるあるのみ。
……
 雨頻(しきり)なり。
 正に十分、医師は衝(つ)と入りて、眉に憂苦を湛へつゝ、もはや、カンフルの注射無用なる由を説き聞かせり。
 風又た一層を加ふ。
 雨はたゝ゛波の漾(ただよ)ふ如き気勢(けはい)して降りしきる。
……
 人々の囁きは漸く繁く濃(こまや)かに成り来れり、月の入、引汐、といふ声、閃き聞えつ。
 十一時十五分、予は病室の事を語る能はず。


【記念展】
○「泉名月氏旧蔵 泉鏡花遺品展」 泉鏡花記念館 10.5〜12.8
○「泉鏡花展――ものがたりの水脈――」 神奈川近代文学館 10.5〜11.24
○「清方が描いた鏡花の世界」 鎌倉市鏑木清方記念美術館 10.31〜12.4  

(平野)