週刊 奥の院 7.17
■ ヘンリー・メイヒュー 著 植松靖夫 訳
『ロンドン貧乏物語 ヴィクトリア朝時代 呼売商人の生活誌』 悠書館 2800円+税
メイヒュー(1812〜1887)、弁護士からジャーナリストに。週刊誌『フィガロ・イン・ロンドン』編集、『パンチ』創刊メンバー。
カバー袖の紹介文。
イギリス帝国の最盛期、パクス・ブリタンニカを謳歌し、栄光と繁栄を内外に誇っていた時代、ロンドンの、豊饒な街角と隣り合わせに存在した貧困。清潔さとは程遠い住環境に住み、将来への貯蓄など眼中になく、暇さえあれば博打にうつつをぬかし、それでも必死に知恵を絞って日々を生き抜いている路地裏の生活者たち。(略、ジャーナリズムに身を投じたメイヒューは)大都市の底にうごめく下層社会の先駆的な実地調査に着手した。カール・マルクスが大英図書館の机にかじりついて資本主義を〈理論的に〉研究しているとき、メイヒューは、自ら路地裏を歩きまわり、貧しき人びとに直接インタビューし、彼らの生活ぶりを忠実に文章で再現した。……
本書は彼の著書“London Labour and the London Poor”(全4巻)から、呼売商人の項目を翻訳したもの。植松は既に原著の1巻2巻に当たる部分を翻訳、『ヴィクトリア朝時代ロンドン路地裏の生活誌』(原書房)。
店を構えず街頭で物を売る商売。荷車・手押し車、籠を持って(頭にのせて)、トレーを首から吊るして、肩に担いで、折りたたみ式販売台を置いて……。「マッチ売りの少女」や「花売り娘」もそうだ。
売る物は、生きた鳥、金魚、犬、さまざまな食料品、水、香辛料、爆竹、蠅取り紙、ステッキ、鞭、タバコ、武器……、代書屋もいる。
父親は酒場か博打、母親は行商、子どもたちは横町や路地で勝手に遊んで一日過ごし、「貧しい社会から道徳を学ぶ」――善悪の基準は警察が許してくれるかどうか。女の子は7歳くらいになると行商に出される。「マッチ売り」やら「くだもの売り」「花売り」。男の子なら知り合いの商人の手伝い、博打を覚える。男女とも10代半ばで同棲。……次の世代にも繰り返される。
メイヒューは「文具・文学・美術」の街頭商人を他の商人とは区別して取り上げる。街頭商人の大半は「野蛮人、幼稚、粗野、欲求と本能と情動だけ、気前の良さと攻撃的性質、復讐心に燃えるが優しくされると感謝、女性の弱みにつけこむ、神を知らない……」。
いっぽう、「文具・文学・美術」商人たちは、「幅広い教養教育を受けてわけではない」が、彼らは「弁舌」をふるい、「たいそうな言葉づかいにのせて、品物を売りさばこう」とする。「口上師」と呼ばれる。言葉の内容が「本当か適当かなど気にしない」。彼らは多少は頭を使っているという意識があるので他の商人を見下している。
「確かに知性はあるが、不道徳な点では呼売商人とさほど選ぶところはない」
「文学」という言葉が出ているが、いわゆる「書籍商」ではない。「紙仕事師」。有名人の臨終の言葉や、新聞の焼き直し、上流階級のスキャンダル、作り話の殺人や強盗などを文書にして売る。「藁売り」といって、藁と一緒に販売禁止の猥褻文書や政治的文書を売る者も。ほとんどがインチキらしい。売り物の「作品」の内容を歌う「歌い人」というのもいる。
呼売商人の大半は稼業を継いだというか、生まれながら街頭に出る生活をしてきたのだが、口上師は違う。
……いわゆる「移動生活」が元来好きだから始めた者がほとんどである。文明社会から離れて遊牧生活に向かおうとする性質――定住から放浪へと移行しようとする――が口上師たちの特徴である。……
目次
1 呼売商人と賭け事 2 呼売商人の政治――警官 3 呼売商人の結婚と内縁関係 4 呼売商人の宗教 5 呼売商人など街燈商人の商品運搬道具 …… 50 ユダヤ人少年の街頭商人 51 ユダヤ人女性の街頭商人 52 ロンドンの安物屋
(平野)
『本屋図鑑』(夏葉社)の見本が届きました。【海】も載せていただいています。
島田さん、空犬さん、得地さん、関係者の皆さん、ありがとうございます。目録も素敵です。
「生活のなかにはいつも本屋さんがある」というコンセプトのもと、これまでちゃんと取り上げられることが少なかった、町のいろんな本屋さんを紹介する本を刊行いたします。……