週刊 奥の院 7.8

■ フレデリック・ルヴィロワ 『ベストセラーの世界史』 太田出版 2800円+税 
 大原宣久・三枝大修訳  解説・野崎歓
 著者はフランスの憲法学者、パリ第五大学教授。専門書の著作他、文化史の著作も。本書が初の邦訳作品。16世紀から現代までの500年間でベストセラーになった本、約300冊を分析する。

「まえがき」より。

 ベストセラー(原文は傍点)という言葉が初めて使われたのは1889年、アメリカ合衆国でのことだった。この言葉はすぐに大英帝国に広まり、第一次世界大戦が終わると、世界じゅうへと伝播した。

「1889年」、何がどうなのかわかりません。頼りないことですみません。 
 印刷技術の発展で、版を重ねる作品が出てくる。いつの時代でも「ベストセラーの背後には、書物における商業的成功という永遠の問いが存在している」。それでも「作品の価値(原文傍点)」が重視されていた。「量(販売部数)よりも質のほうに高い感心が寄せられていた」。「商業的成功」が忘れられたわけではない。ただ、「成功は作品の質を保証する」「劣悪な書物だけが読者から見放される」。読者に鑑識眼・分別があると。
 19世紀になると、出版業の発達、識字率上昇など「文化の大衆化」で、成功と価値が問い直される。
 ルイ=フェルディナン・セリーヌ、「ヒットした作品というのは、必ずひどい駄作なのです」。
 出版の産業化が進行するが、ベストセラーにはまだ神秘的な部分がある。テクニック、魔法、奇跡……、「複雑な座標軸」がある。

……どこかで生まれる。だが、それが具体的にはどこなのか、生まれてみるまでは誰にもわからない、まさに、この不確かさと、絶対的な予測不可能性こそが、ベストセラーの大きな魅力なのだ。

 ベストセラー誕生の秘密を、「書物」「作者」「読者」の3つの観点から見る。
 世界的ベストセラーといえば『ハリー・ポッター』。1997年6月、第1話『ハリー・ポッターと賢者の石』、少しずつヒットの兆し。アメリカのスコラスティック社が作者に、『ハリー・ポッターと魔法使いの石』というタイトルで出版したいと、10万ドルのオファー。98年5月、アメリカ版初版5万部。

……すると読者の熱狂は急速に確実なものとなり、続刊もヒットして、シリーズは伝説的な大ヒットの様相を呈してゆく。……

 2000年7月、第4巻『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』は英米同時発売。そして前代未聞の供給方法、「深夜零時販売開始」。
……これによって新刊の刊行は、どんな理由があっても欠かしてはならない祝祭的かつ遊び心に富んだ一種のハプニングとなった。さらに新刊それ自体も、流行に遅れないための必須アイテムに、つまり正真正銘、大量消費のための製品に仕立て上げられてゆく。……
 05年7月の6巻は世界同時発売、24時間で900万部。07年7月の第7巻は初日で1200万部。
 シリーズ4億部以上の売り上げ。
 この莫大な数字自体がかなり効果的なプラスアルファのセールスポイントにもなっていたのである。自分もその膨大な読者の一員になりたいと考える人が多かったからだ。

 この大成功も「いつか超えられるだろう」。

 それがいつであり、だれによって、どのようなかたちで乗り越えられるのかをいい当てられる者はいない、そういった予測の難しさが「文芸作品の成功」というもののもつ栄誉にみちた不確かさであるのか、はたまた肥大した産業の勝利にすぎないのかは、時と場合によるだろう。

 
(平野)次の「春樹作品」はもっとお祭り化するのでありましょう。