週刊 奥の院 7.7

■ 森まゆみ 『青鞜』の冒険 女が集まって雑誌をつくるということ  平凡社 1900円+税
 100年前、千駄木で女だけの集まりが雑誌を立ち上げた。『青鞜』(1911〜16)。
(帯)

100年前の“新しい女”たちの、雑誌づくり風雲録
雑誌の立ち上げに高揚したのも束の間、集まらない原稿、五色の酒や吉原登楼の波紋、マスコミのバッシング……
明治・大正を駆け抜けた平塚らいてう(本名・明=はる、1886〜1971)等同人たちの群像を、同じ千駄木で地域雑誌『谷根千』を運営した著者が描く。

 ご存知のとおり、『谷根千』は、仰木、森、山崎、3人の女性がつくってきた(1984〜2009)。自分たちの活動を『青鞜』の活動に重ねる。森は平塚明の小学校、女学校の後輩でもある。 
青鞜』と言えば、まず「平塚らいてう」だが、雑誌の編集発行人は中野初。中野は出版に詳しく、世慣れていて、落ち着いた人。発禁処分のたびに当局に出頭。
 1911年6月、発起人会に集まったのは5人。
 中野、木内錠(てい)は明と日本女子大の同級生、露伴門下。中野は新聞記者、雑誌編集者。木内は雑誌記者。
 保持研(やすもちよし)は姉の友人。それに小学校の同級生の妹、物集和。
 発行所「青鞜社」は本郷区駒込林町、和の父、国文学者・物集高見邸。
 らいてうはのちに書いている。
「この仕事ではなるだけ引っ込んで、面(おもて)にたちたくないとかんがえていたわたくしは、自分の名を雑誌に出す気持ちはなく……」
「片手間仕事で『青鞜』をやろうとしていた当時のわたくしは、こんなことで自分の本拠地をかき乱されるのが堪え難いことに思われて、そのためにも事務所は、自宅と別のところに置きたいと願っていた……」
 ではなぜ雑誌をつくることになったのか。『青鞜』創刊に大きな役割を果たした人がいる。「生田長江」、ニーチェ紹介者で有名。英語教師をしながら、女性のために「閨秀文学会」を開いていた。与謝野晶子戸川秋骨馬場孤蝶、それに森田草平らが手弁当で講師。明の他、青山菊栄(のち山川、論争相手)が来ていた。森田との心中未遂事件では生田が彼女を保護した。生田は、「嫁にいくでもなくぶらぶら勉強している明に、女性たちで文芸雑誌を作ることを熱心にすすめた」。
 資金を出したのは母・平塚光沢(つや)、娘の結婚費用だった。
 雑誌創刊には、掲げるべき目的がいる。情熱というか意識、主張を宣言しなければならない。
谷根千』では、地域の歴史を掘り起こし、環境を守り、問題を話し合い、水平のコミュニケーションを作り、風通しのよい町を作る……。
青鞜』は、相談の上、明が書いた。回想記から森が紹介する。
「婦人はいつまでも惰眠をむさぼっている時ではない。早く目覚めて、天が婦人にも与えてある才能を十分に伸ばさねばならない。自分たちは婦人ばかりで、婦人のための思想、文芸、修養の機関として青鞜社を起こし、『青鞜』を無名の同志婦人に開放する。ここから優れた女流天才の生まれ出るであろうことを望み、かつ信ずる……」
 生田の意見で、著名人に原稿を依頼。与謝野、森鴎外夫人、国木田独歩夫人など。
「創刊の辞」を書き上げたのは8月末。
「元始、女性は太陽であった……今、女性は月である。他によって生き、他の光によって輝く、病人のような蒼白い顔の月である。……」
 2ヵ月で、雑誌を立ち上げ発行。二十代の女性たちが、企画から広告集め、原稿依頼、編集のいろいろ、印刷屋との交渉、郵便口座開設……、女性による女性のための雑誌が誕生した。
 森は「創刊の辞」をつぶさに読む。

……冒頭だけが妙に有名だが、もっとも大事なのは最終行、「烈しく欲求することは事実を産む最も確実な真原因である」であろう。とにかくそのときらいてうが思いもかけなかったことに、『青鞜』創刊の辞は女性解放史上の最初の宣言とされ、いまも多くの女性を励ましている。
 この日、平塚明はらいてうとなった。煤煙事件のあと静養した松本で、冬になると羽毛が純白になる「雷鳥」という鳥を知った。その「やさしさのなかのたくましさ」に魅かれてつけたという。
 創刊日、明治四十四年九月一日、発行部数千部。たった、ではない。当時の市場からみると多い、といっていいのではなかろうか。

(「煤煙事件」、森田が心中騒動の後、いきさつを小説「煤煙」で新聞連載)
 創刊号の表紙は長沼智恵(のち高村智恵)。執筆は、与謝野晶子、森しげ女、田村とし子、物集和、らいてう翻訳など。本文134ページ、25銭。

目次
1 五人の若い女が集まって雑誌をつくること
2 いよいよ船出のとき
3 広告から見えてくる地域性
4 尾竹紅吉、あるいは後記の読み方
5 伊藤野枝の登場
6 『青鞜』の巣鴨時代
7 保持研の帰郷
8 『青鞜』の終焉
 装幀矢萩多聞。カバーの絵は長沼智恵デザイン『青鞜』創刊号表紙より。

(平野)
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 イラストは「もふもふ堂」