月曜朝礼新刊紹介

【文芸】 クマキ
■ 伊藤比呂美 『犬心』 文藝春秋 1500円+税 
 装幀 菊地信義  装画 MAYA MAXX
 愛犬タケを中心にしたエッセイ。
 97年からカリフォルニア住まい。熊本の親御さんの介護も8年続けた。最後は1ヵ月ごとに往復した。

……父やタケや植物や自分のからだをみつめて、いろんな場に書き散らしていた。みつめて書き散らすことで、自分を支えていた。……

 父が亡くなり、タケの老いは進み......。
「犬心」

……急いで書かないと、タケの命に置いてけぼりにされてしまうような気がしている。
 タケ、ジャーマン・シェパードの老い果てた十三歳。そして私は人間の五十六歳、犬ならとっくに死んでいる。私が子どもたちを連れて南カリフォルニアに移住してきて十五年、一年後にタケが来た。つまり、ここの暮らしのほとんどを、この犬と一緒に暮らしてきたことになる。……

 タケの負担を考え、公園まで車で行って散歩。タケも伊藤も「融通がきかない」性格。いったん歩き出すと最後まで歩き通す。帰ろうとして、車の鍵を落としていることに気づき引き返そうとするが、タケは動かない。「引き返す」「いつもと違う道」が嫌い。伊藤がリードをはずして歩き出すと、しぶしぶ、

……タケはついてくる。いつでも、どんなときでも、どんなにリードをぴんと張って「いきたくない」を主張していても、リードなしで私が歩き出せば、タケはしかたなくついてくる。内なる犬的なものがそうさせるのだ。飼い主の意思には抗えても、犬心には抗えない。
 タケは犬心につき動かされて、下を向いて、のろのろと歩いた。「ほらタケ、あと少し」と声で励ましながら、私も歩いた。

 タケは本格的な訓練を受けた。シェパードの攻撃的本能を抑える服従訓練と、攻撃的になったときにそれを止める攻撃訓練。「犬心」で子どもを守ったこともあるが、家に来た電気技師に噛みついたこともある。牧羊犬として群れをまとめる「犬心」もある。強くて大きくて、かしこくて忠実。散歩で出くわす犬から家族を守る「犬心」で必死に戦う。たいてい相手がケガをして、伊藤が謝って治療費を負担する。ボール遊びでも頑固、ボールを離さない。根負けするのは伊藤の方。
 落とした鍵は見つかった。タケは息を切らして歩いている。シェパードは関節に病があるらしい。老いとともにその病が出てきた。熊本に一人住む父親とおなじくらいの年齢になっている。

……タケが来て、タケを連れて歩きはじめた。そして公園に初めて足を踏み入れた。それまでは隣に公園があることさえ気がつかなかった。タケがうちにやって来たのは夏の終わりだ。植物は枯れ果てていた。歩きながら、そこを「荒れ地」と名づけた。冬になり、雨が降った。春が来て、花が咲いた。荒れ地いちめんに花が咲いた。花の量にも花の種類にも色鮮やかさにも目を見張った。春がすぎて、何もかも乾いて死に絶えた。夏が終わり、冬になり、そしてまた雨が降って、花が咲くのを見た。そこに、いつもタケがいた。

 愛犬エッセイにとどまらない「いのちのものがたり」。 

【芸能】 アカヘル
■ 溝口健二著作集』 オムロ発行 キネマ旬報社発売 2800円+税
 署名原稿を可能なかぎり集める。溝口研究者・佐相勉による註と解説。
 田中絹代小津安二郎清水宏織田作之助らとの対談、座談会も収録。


【海事】 ゴット 
■ 尼岡邦夫 『深海魚ってどんな魚――驚きの携帯から生態、利用――』 ブックマン社 3600円+税
 09年刊『深海魚――暗黒街のモンスターたち』(同社)が好評だが、もう少しやさしく、子どもから大人まで楽しめるように編集。
1 謎だらけの深海魚  2 深海魚の食事マナーは?  3 深海魚はどうやって身を守っているの?  4 深海魚はどうやって子どもを残すの?  5 おもしろい深海魚  6 深海魚のふしぎな生活  7 ぼくたちの身近にいる深海魚



■ 別冊宝島『こんな生き物見たことない! 「深海生物」大図鑑』 宝島社 1200円+税 
 表紙の写真は「ペリカンアンコウ」。水深100〜2000メートル、太平洋、大西洋、インド洋。体長90mm。腹がふくらみ、自分より大きな生き物でも飲み込む。
○ダイオウイカの謎に迫る  ○アンコウの仲間  ○ワントカゲギスの仲間  ○ダイオウグソクムシの不思議  ○クラゲの仲間  ○シーラカンスを探る ……



■ 松浦啓一監修 『世界の美しい魚たち』 パイ・インターナショナル 1800円+税 
 サンゴ礁に住む色鮮やかな魚。色彩は生き残るための重要な手段。

(平野)