週刊 奥の院 6.13

■ 高橋輝次 編著 『誤植読本 増補版』 ちくま文庫 880円+税 
【カバー絵】林哲夫 【カバーデザイン】間村俊一 【解説】堀江敏幸 
 豪華な陣容で本好きはグッとくると思うが、狭い世界の話なので、「どこが〜?」と思われる方がいてもそれはそれで仕方ない。
 著者、1946年伊勢市生まれ神戸育ち、編集者で古本愛好家。それぞれの分野で著書多数。元本は2000年東京書籍より。
 大のつくベテラン編集者だが、

……こと校正に関する限り、未だにあまり自信がもてない。……
 専門の校正者や編集者、新聞の校閲記者はもちろん、物書きや研究者、コピーライター、目録を出している古本屋店主、社内報の担当者、同人誌の編集者に至るまで、およそ活字と縁の深い人々なら、誤植や校正ミスに泣かされたり、恥をかいたり、後悔したりした経験のない者はいないだろう。……

 高名な作家や学者たちのウラミツラミ、編集者たちのカイコン。できればなかったことにしたい失敗話。
Ⅰ 誤植打ち明け話   外山滋比古  中村真一郎  森まゆみ  林真理子  黒川博行 ……
Ⅱ 著者の眼・編集者の眼   小林勇  埴谷雄高  澁澤龍彦  宮尾登美子  藤田宣永 ……
Ⅲ 誤植・校正をめぐる思索   大岡信  長田弘  花田清輝  森銑三  佐多稲子 ……
Ⅳ 近代作家の誤植・校正   尾崎紅葉  森鴎外  斎藤茂吉  内田百輭  井伏鱒二 ……
Ⅴ 校正の風景   吉村昭  串田孫一  永井龍男  紀田順一郎 ……
全53編、本書のための書下ろし6編あり。
「冷や汗をかく編集者」 高橋 

 編集した本が出来上ってホッとするのも束の間、思わぬミスや誤植を突然、執筆者や読者から指摘される時ほど、編集者にとってドキッとさせられる瞬間はない。小心者の私などはすぐにうろたえてしまう。全く、体にもよくない。
(ある本の目次で執筆者名を他の人と間違えてお叱り、記号の変換ミスで抗議。後者の人は誤植探しの名人で、あとで誤植一覧表を作ってくれた)
……長年編集者をやっていても、校正だけはちっとも上達しない。どころか、年齢とともに注意力、集中力が低下してきたようで、我ながら情けなくなる。
(新米時の失敗の数々を開陳)
 ところが、そんな私でも、不思議に他社の本の誤植はけっこう見つけるもので、最近も、ある純文学作家の短篇集を読んでいたら、文脈から明らかに「会社」となる所が「社会」になっていた。すぐに版元にお知らせしたところ、折り返し御礼状をいただいき、すでに四刷になるのにまだ気づかなかった、と書かれていた。良心的な本造りで知られる大出版社でも、こんなミスがあるのだから、といささか妙な安心をしたものである。
 優秀な編集者がどんなに細心の注意を払って造った本でも、初版には一つや二つの誤植は必ずあるものだ、というのが私の正直な実感である。

 作家はどうだろう?
 「ああ恥ずかしい。
 これほど恥ずかしいことがあってよいものだろうか。」
 編集者のミスでも、責任はすべて作家にかかってくるという気概。そのミスが支離滅裂ならよかったのだが……、
「イッパツでできる」の「で」がひとつ抜けていた。「イッパツ〜」エエッー! すみません、間違いです。「イッパツできまる」が「できる」です。
「……ああ恥ずかしい。」
 直前の文章、男性が女性の心を云々、というもので文脈がつながってしまった。友人は、編集者がわざとやった、と言う。作家は連載中止を申し入れるという大騒動。
 Hな俳句を自作として引用されたこともある。
 この怒っている作家は? ……読んでちょうだい。
 
 それにしても......、失敗とか間違いというものは、必ずあるんである。

(平野)