週刊 奥の院 5.24

今週のもっと奥まで〜
■ 石田衣良 『余命1年のスタリオン』 文藝春秋 1800円+税 
 小早川当馬、ファッション雑誌主催「スタリオングランプリ」でモデルデビュー、俳優。下ネタが得意な「種馬キャラ」で人気者。
「仕事は好調。プライベートは絶好調。」(帯)だが、体調に異変。検査の結果、肺に悪性腫瘍、余命1年。医者である元妻のセカンドオピニオンも聞いた。彼女の「当馬は演じることしかない」の言葉に奮い立つ。
「生きても死んでも、自分はこの世界どころか、芸能界の片隅にさえ傷ひとつつけられないと絶望していた。軽薄な二流役者の自分に残されているのは、それでも演じることだけだという。いっそのことすべてが馬鹿らしく、清々しかった」
 元妻は力になってくれる人を見つけよ、とも言う。
 当馬は事務所に告白、世間にも発表し、映画に全力を注ぐ。若いマネージャーあかねが献身的に世話をしてくれる。
 病院で知り合った小児がんの子が亡くなる。通夜の後、思う。
「子どもをもつというのは、いったいどんな気分だろう・・・・・・」

 さて、衣良さんの濃密描写、もちろん今回もあるのだけれど、純粋(?)な場面を。
 あかねが当馬のことを真剣に思う。当馬はあかねと元カレのいさかいに立ち会ってしまう。元カレが捨てゼリフで立ち去って、

「ぼくももう行くよ。あすは病院だから、八時半に迎えにきてくれ」
「そんなこと、わかってます!・・・・・・」
(泣きながら当馬の胸に)
「絶対にしあわせになれないことくらい、わたしだってわかってます。当馬さん、死なないで。お願いだから、死なないで」
(当馬、あかねの迫力にタジタジ)
「どうしてそんなに弱気なんですか。おれが死んだら、一生覚えておけ。未亡人にしてやるから、おれの子どもを産んでみろっていえないんですか。当馬さんは天下の種馬王子なんでしょう」
「あれは役者のイメージづくりだよ。そんなこと本気でいえるはずないだろ。ぼくにとっては一年でも、あかねちゃんにとっては一生の問題になるんだぞ」
 頭のなかでは理性が正確に働いていた。若いあかねの一時的な熱を押しとどめ、この場をなんとか切り抜けよう。明日からはまたマネージャーとタレントの関係に復旧するのだ。
 ところが当馬の身体は、腕に抱いたあかねが欲しくてたまらなかった。愛情なのか、性欲なのか、子孫を残したいという遺伝子の暴走なのかわからない。欲望は圧倒的である。全身の細胞があかねを欲している。当馬は数々の女性とつきあってけれど、これほど強烈な欲求に駆られたことはなかった。・・・・・・
「当馬さんはもう自分のために生きてもいいんじゃないですか。・・・・・・」
 あかねが目を閉じて顔を上げ、唇を当馬のほうにとがらせた。誘われている。もう我慢の限界だった。・・・・・・

 悲しい話なんですが、明るいんです。このシーンでも二人がキスしているのはマンションの入口で、中年のおじさんが「あの、すみません。おとりこみ中のところ失礼します」とオートロックを操作する。


◇ うみふみ書店日記 その21
 5月16日 木曜
 先週に続いて花壇の草むしり。ダンゴ虫も毛虫もおるおる。
 毛虫、といえば、昨日作業場で毛虫を発見したスタッフが、「毛虫、頭に乗せたら毛生えるんちゃう?」。
 誰に言うてんねん?
 あ、わて?
 
 5月17日 金曜
 私が「ネタ」にするのを嫌がるくせに、「ネタ」を提供してくれるスタッフ某が、昨日あった面白いことを教えてくれる。でもね、私は自分が現場にいなかったので詳細は書かない。
 どうも不幸を呼んだらしい。手を下さないのに、何かが目の前で、ドッカ〜ン!
 
 双葉文庫の新刊時代小説の帯に推薦文を載せてもらいました。

“毛虫”のことをメールの挨拶文に使ったら、返事が「毛虫を頭に乗せて」という件名で来た。スタッフ某が「怪しいメール、迷惑メール? ひょっとして平野宛?」。
 
 常連さんが店頭で偶然会ったお知り合いに、「本買うんやったら海文堂やで」と推奨してくださっているのが聞こえた。こういう方たちに支えられている。ありがとうございます。

 
 5月18日 土曜
“鳥瞰図絵師”青山さんのサイン会。青山さんも会場設営をしてくれる。サイン会は盛況で、予定時間をオーバー。絵図を広げたり畳んだりの繰り返しで、時間がかかる。TVの取材もあり。放映予定は後日。

 
 5月19日 日曜
 せっかくの神戸まつりなのに雨模様。
「朝日」書評欄。原田マハが『世界で最も美しい書店』(エクスナレッジ)を紹介。

・・・・・・いつか訪れてみたい憧れの美術館のごとく、この世に存在するあらゆる場所の中で最も善き場所である書店、(略)・・・・・・電子書籍の効用は、もはや誰もが知るところである。そんな時代だからこそ、書店に魅かれる。ワンクリックするだけではドラマは得られない。風輝く季節、パソコンを閉じて、さあ、書店へ行こう。

 私はマハを愛します。

 
 5月20日 月曜
 GF・Yさんご来店。学生時代の恩師とお食事とか。次代を背負うホープにグチを言っているおっさん。彼女は前向き。呑み会要請あり、「ガソリン補給」。

 
 5月21日 火曜
「朝日」記事。第1回河合隼雄物語賞、西加奈子『ふくわらい』(朝日新聞出版)。(同)学芸賞、藤原辰史『ナチスのキッチン』(水声社)。
 両方とも紹介した。よかった、よかった。私の力じゃないけど。


 5月22日 水曜
「朝日」“ひと”欄。奥村善久さん(86)がアメリカ工学アカデミーの「チャールズ・スターク・ドレイパー賞」(工学のノーベル賞といわれる)受賞。携帯電話システムの基礎を築いた5人の1人として。電波の伝わり方が地形や建物の影響をどう受けるか実験をくり返し、その特徴を表わす「奥村カーブ」。携帯電話基地局配置に役立つ。
(記事、川田記者)より。

・・・・・・今、子どもたちが携帯を持つことに驚く。「あくまでビジネスの道具。学生や子どもには必要ない。メールより本を読んでほしい」。実は自分も持っていない。


「神戸」記事。宮沢賢治小学生時代の成績簿が母校・花巻小学校で見つかる。3〜6年生分。優等生で体も丈夫。成績簿は筑摩「校本宮沢賢治全集」(1977年)に掲載されているが、原本が確認されたのは初めて。8月宮沢賢治記念館で公開予定。今年は没後80年。
 
 お客さん、買う本にカバーはいらないので文庫サイズを1枚と、ご要望。「これがエエねん!」。とても喜んでくださるので、お買いの本にもちゃんとカバーいたしました。

 
 仕事を辞めて、超難関試験を目指すSさん。試験直前に本を買おうとしたら、【海】の某が断った、「本読んでる場合ちゃう!」と。
晴れて試験終了、その本を手に取られて、「本買いに来て断られたん初めてや、でも、むっちゃうれしかった」。
 断った奴、誰や? わてちゃいまっせ、わてはお売りしまっせ。

 
 ご覧のみなさんはお分かりだと思いますが、間違い表記が後から後から見つかります。本日も「原作者」を「贋作者」にしているのを発見しました。疑いながら読んでください。


◇ 先週のベストセラー
1.百田尚樹  海賊と呼ばれた男(下) 講談社
2.      神戸ルール  中経出版
3.百田尚樹  海賊と呼ばれた男(上) 講談社
4.近藤誠   医者に殺されない47の心得  アスコム
5.鳥海靖   もういちど読む日本近代史  山川出版社                
6.      仕事のお守り  ミシマ社
7.山本兼一  花鳥の夢  文藝春秋
8.村上春樹  色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年  文藝春秋      
9.葉室麟   陽炎の門  講談社
10. 百田尚樹  夢を売る男  太田出版

(平野)