週刊 奥の院 4.15

■ 金益見 『やる気とか元気がでるえんぴつポスター』 文藝春秋 950円+税 
 書名を見て“働け働けもっと働け本!”を想像した人、OUT!
 きむ・いっきょんがそんな本を出すわけがないし、このサボリおやじが紹介するはずがない!
 彼女が犬の散歩で通る気になる場所、近所の中学校の校門横に貼り出されているのが「えんぴつポスター」。

……
「えんぴつポスター」とは、夜間中学生が書く短い作文で、鉛筆型の用紙に書かれていることから、そうよばれています。
「えんぴつポスター」には、力があります。言葉の力。文字の力。
 私は「えんぴつポスター」を読むのが好きで、繰り返しその前を通っては、思わず元気づけられたり、クスッと笑ったり、切なくなったり……、なんというか「とてもいい気持ち」をもらってきました。
「これを近所に住んでいる自分だけが感じるのはもったいない!」
……

「また ひとつ 字が 書けて こころがうれしい」
「うまく書こうと 思うと 字が笑う」
「四時になると 学校に行くのに ひげをそり 薄い頭にブラシかけ」
……
 夜間中学校は全国に35校あるそう。戦中・戦後の混乱期に義務教育を受けられなかった年配者から、労働目的で来日した外国人、かつて不登校で学校に行かなかった若者たちが通う。
いっきょんの近所にある東生野中学校夜間学級は生徒164名。85%が在日コリアン1世、2世。平均年齢67歳(25〜85歳)、92%が女性。
いっきょんは一緒に授業を受けた。お婆ちゃん同士が手をつないでいる。手をぬくめてあげている。
「好きな教科は?」と聞いてみる。
「数学得意」「英語が好き」「体育で踊るんが楽しい」「音楽で“炭坑節”唄うんが好き」……、いろいろあるが、国語がダントツの人気。

「もっと書きたい、もっと読みたい」
 日本語の読み書きは、夜間中学生全員の目標です。……
 国語の時間。
 いつもは賑やかな教室が静まり返ります。
 特に静かになるのは漢字の書き取りの時間。余白を全部使ってもプリント内では足らず、自分のノートに何度も何度も漢字を書き写しています。
 夜間中学生はとにかく消しゴムを使います。自分の書いた文字に自信がないひとが多いせいか、何度も消しては書き直す。書き順を間違えたら消す。はねるのを忘れたら消す。国語の時間が終われば、机の上は消しカスだらけになります。……

 みんなの「えんぴつポスター」にいっきょんがコメントを添える。
「学校で勉強し 新しい見る目ができて 楽しいうれしい人生が 生まれました。」(人生は、生きてる間に何度でも生まれる。始まる)
「わかいときべんきょうできなかった。いま夜間中学で べんきょうして ちょっとずつよめてきた。 うれしいなあ うれしいなあ」(くり返されるうれしい気持ち)
「覚えた文字はまた消える 私は消えた文字を 追い掛ける」(追いついたら、もう一度覚える)
「今年二月 息子に 二人目の子供が生まれました 近くにいれば いやになるくらいに だっこしたいです。」(いやになるくらい愛しい表現)
「運動会のときおどりをわすれたり思いだしたり 私ののうみそが うろうろしています」(頭のなかで、脳みそがさまよっているような表現)
「修学旅行で ボートに乗って なつかしかった。海のがけも りっぱでした。」(「立派」という表現を景色に使うなら、崖が一番しっくりくる気がします)
……
 
 巻末にはリリー・フランキーとの対談。
(リリー)……俺はこの人たちが年配の人でこれから就職するということがなくても、勉強することにこんなにドキドキしているという、このドキドキさえ持っていれば、何の仕事でもできると思うんですよ。
 挿絵も金益見
(平野)
 ドキドキ感を持って勉強する。学ぶことの原点。