週刊 奥の院 4.6

■ マイク・モラスキー 『ひとり歩き』 幻戯書房 2300円+税 
 1956年アメリセントルイス生まれ。76年初来日以来、のべ20年滞在。現在、一橋大学社会学研究科教授、日本文化研究、音楽社会学。ジャズピアニストでもある。昨年『呑めば、都』(筑摩)が話題に。
 本書は、「数十年にわたる日米両国での生活や、韓国、台湾、中国でのひとり旅の体験」エッセイ。


……
「いつもひとり歩きしていて、寂しくないか」とよく訊かれる。たしかに寂しいときもある。しかし、それよりも刺激に富んだ楽しい時間のほうがはるかに多い。また、ひとりだからこそ周囲の人と会話を交わす機会が増え、いろいろな出会いに恵まれることもある。ひとり歩きで知り合ってから二、三十年もたつ友だちも少なくない(そのほとんどが居酒屋のカウンターから始まった)。
 ひとり歩きのさらなる利点は、気ままに道を選び、そのときの体調に合わせてペースを調整できることがある。予定変更はいつでも自由で、疲れたら休めばいい。いや、「休む」だけではない。眠くなったらどこかの公園の芝生の上や、町の広場のベンチにでも横になって寝ればいい。……

 新宿御苑の芝生の上、大阪城のベンチ、パリの広場、エストニアの公園、香港の噴水……。
 決して寝ているばかりではない。

1.山も海もない土地  2.東海岸、西海岸、南部地方  3.戒厳令下の韓国  4.台北狂騒日記  5.上海ぷらぷら日記  6.島流し  7.東京周辺
 
 20代前半ひとり大阪に。公園のベンチで腰かけようとすると、男の子が数人走り寄ってきた。

……手と顔が「男の子らしく」汚れている。つまり健全な子どもである。群がってきた彼らが私を見上げながら、おもしろそうに、まったく無遠慮な質問をする。私はそういう子も嫌いではないので、少し遊んでやろうと思った――。
「おっさん! ずいぶん鼻が高いなあ。どうから来たんや?」
「北海道だよ」
「えっ!? アメリカじゃないの? でも、おっさんはガイジンやろ?」
「君たち、北海道に行ったことないだろう」
「ん、ないよ」
「あのね、北海道に行ったら、みんなこんな顔をしているぜ」
「へえ……おっさんは北海道だったのか……」
「いや、いまのはうそだよ。ほんとうはアメリカ」
 彼らはそこで爆笑した。湧き上ってくる楽しさを抑え切れないかのように、私の手や脚へすがり、小刻みにジャンプしながらしばらく笑いつづけた。私が子どもと犬で好きなのは(子の気質と犬種にもよるが)、ああいう風にうれしさをすなおに、しかも身体全体で表すところである。それを目の当たりにすると、晴れ晴れとした気分になり、疲れもいつの間にか吹っ飛んでいる。このときも例外ではなく、好奇心とエネルギーにあふれる子どもたちとしばらく立ち話をするうち、眠気が覚めて元気を取り戻した。ベンチのお世話にはいっさいならず、私はまた大阪の町へ歩きだしたのである。

(平野)
パソコン不調。教えてもらったことしかできないおっさんなので、しばらくこんな調子でいきます。
書影、なんとかできました。