週刊 奥の院 4.5

今週のもっと奥まで〜
■ 岸惠子 『わりなき恋』 幻冬舎 1600円+税 
 女優の「岸惠子」さん。作家・ジャーナリストとしても活動。
 
 主人公は、国際的ドキュメンタリー作家・伊奈笙子(69歳)、世界を飛び回る大企業トップ・九鬼兼太(58歳)。パリ行きの機内で隣り合わせ、ふと交わした「プラハの春」の思い出話。そこから最後の恋が始まる。九鬼は仕事ヲを終え、笙子の誕生日を祝うために横浜に。シャンパンに「冷えピタ」を貼り付けて。笙子は、駅前のホテルに泊まるという九鬼を自宅に招く。

……
 母の部屋で、笙子はホテルへ泊まるはずだった九鬼が歯ブラシをもっているはずがないことに気づき、新しいタオルや浴衣などをもって二階へ駆け上がった。ノックをすると「どうぞ」という答えがあった。
「歯ブラシをお持ちしました」
 ドアを開けた笙子は唖然として棒立ちになった。すらりとした全裸の男のプロフィールが化粧室の置く、笙子から三メートルほどのところにあった。
 ほんの一分ほど前、九鬼兼太というビジネスマンを包んでいた紺色のスーツは、種をあかした後のマジシャンのマントオのように几帳面にハンガーに掛かって、壁に吊りさげられていた。度肝を抜かれて氷柱のように凍りついている笙子を、鏡のなかで捉えながら、ゆっくりと歯磨きを終えた九鬼兼太は、素っ裸のままで言った。
「歯ブラシ、ここにあるのをお借りしました」
 九鬼はあまりにも何気なかった。裸でいることに、それを笙子に見られていることになんの動揺も感じている様子はなかった。笙子が無言でいることに、はじめて不審を抱いたように顔だけが正面を向き「どうかしましたか」と言った。
 なおも黙って首を振る笙子に向かって、形のいい男の全裸のプロフィールがゆっくりと正面になった。予想もしなかった光景に笙子は眼が眩み、蒼ざめて、胸を射貫くような驚愕のせいか気分がわるくなった。
「どうしたんです」
 近づこうとする一糸纏わない男の姿を、無言のまま両手を思いきり伸ばして押しとどめた。
「九鬼さん、はだか、まるっきりの裸なんですもの」
「お風呂をどうぞと言ってくださったでしょう」
 笙子は声が出なかった。歯を磨いてから入るつもりだったのか、バスルームのドアが開いていた。
「伊奈笙子さんは服を着たままお風呂に入るんですか」
九鬼はやわらかく笑った。両頬にちいさな笑窪が浮かんだ。男の裸はあまりにも美しく、あまりにも意表をついた。
 化粧台の大鏡のなかに、真ん中に黒々とした茂みを盛り上げた丸裸の男と、ミモレの黒いスカートに一九五〇年代の白いアンティークのブラウスを着た瀟洒な装いの女が映っていた。
 まるで果し合いでもしているかのように、お互いの眼をにらむように見つめ合っているその姿が、いみじくも、その後のふたりを象徴的に炙り出しているようであった。


◆ うみふみ書店日記 (その14)
3月28日 木曜
 県立高校1年生の販売。当初8時半開始の予定だったのが遅れることに。5時半に家を出てきたスタッフもいる。
2・3年生で、必須科目を購入していない人が多数で、4月にもう一度販売に来なければならなくなった。
終了時間は予定通り。
私は帰宅して、「奥の院」。

3月29日 金曜
 日曜日のバイト君が足りない週が続くので、誰やら彼やらに出勤依頼。
 神戸新聞夕刊「本屋の日記」執筆者のひとり、B堂のOさんが今回で退任。ご苦労様でした。前身の「本屋さんの3冊」から続投していた。私はリニューアル時にアカヘルにバトンタッチしたもんね。残る古参はJ堂のK嬢。続けてね。

3月30日 土曜
 この間泣かせてしまったバイト君(♀)、本日が最終勤務。長い間ありがとう、ご苦労様。
 教科書期間中に紹介せねばならない本が溜まって、エライことに。一応毎日書いたのだけれど……。

3月31日 日曜
 休み。
 バイト君足りず、昼休憩交代要員で2時間ほどレジ。
 任務終了後、妻と買い物。

4月1日 月曜
 東京のIさん(GF)から封書。書店員有志が作るフリーペーパー『晴読雨読』(はれどく)をコピー、製本して送ってくださる。『本の雑誌』執筆者はじめ著名な人たち。テーマは「希望」。本が好きで好きで、という思いが結実。
本書を読めることはたいへんうれしい。それ以上に、貴重な時間を費やしてくださったIさんの手間と気持ちがありがたい。感涙、尿漏れ、ダダ漏れと表現するしかない。
近隣で読みたい人は平野まで。貸しちゃります……、コピーしまんがな。

4月2日 火曜
「朝日」記事。『暮しの手帖大橋鎭子さん死去、93歳。
同じく、5.6京都で村上春樹公開インタビュー。
 1月新刊の返品作業。1月は少ない。
 スタッフ1名、体調不良で早退。

4月3日 水曜
 スタッフ最年少、腹痛で休み。皆、疲れが重なっている。
それにしても、とっしょり、元気やなあ。もう、痛いとかシンドイとかいうのも分からんようになっとんかいなあ〜。
 M社Mさんから「日記」が届く。常備入れ替え作業で多忙。毎年お世話になります。今年の人文会の訪問が関西に決まったそう。皆さんにお会いできるのを楽しみに生きていこう。
 J堂I袋のIさん(GF)からハガキ、M善に出向と。大きな組織の人事のことはわかりません。健康と活躍を祈る。
 東京K通信社から「在仙台編集者が選んだ震災本」フェアについて電話取材。こっちの支局から来てくれたらいいのにと思うけど、それはこっちの考えで、先様には先様のご事情があるのでしょう。

◇ 先週のベスト
1.近藤誠  医者に殺されない47の心得 アスコム
2.     神戸ルール  中経出版
3.ヨグマタ相川圭子  宇宙に結ぶ「愛」と「叡智」 講談社
4.宮部みゆき  桜ほうさら PHP研究所
5.乙武浩匡  自分を愛する力 講談社
6.東川篤哉  私の嫌いな探偵 光文社
7.村上龍坂本龍一 21世紀のEv−caf`e スペースシャワーブック
8.林真理子  来世は女優 文藝春秋
9.森博嗣  人間はいろいろな問題について堂考えていけば良いのか 新潮新書
10.百田尚樹  夢を売る男 太田出版

(平野)