週刊 奥の院 4.3


■ 冨田江里子 『フィリピンの小さな産院から』 石風社 1800円+税  

 
 1976年大阪生まれ、看護師・助産婦。93年から2年間青年海外協力隊モルジブの病院に勤務。97年から夫のNPO事業(植林)でフィリピンに。2000年より現地の母子診療。

……現地語を理解できるようになると、さまざまな噂が聞こえてきた。ここではお産を通じて実に多くの母子が死亡している。……
(産婆や助産婦の間違った知識も一因。親しい住民二人が妊娠して、いつでも相談に来るように言うが遠慮して、地元の助産婦に頼み、相ついで死産)
“ここでは産婦は待っているだけでは来てくれない。これ以上、納得できない母子の死亡の話を聞かないで済むように、産婦が気軽に来られる場を作ろう”。二人のお産に関わることができなかった無念さが背中を押した。

 友人ティナの敷地内に藁葺きの小屋を建て、「St.パルナバ・マタニティ・クリニック」(自分の出身病院、大阪聖パルナバ病院にちなんで)と名づけた。無料診療。1年半で3600人が訪れ、85人の赤ちゃんが生まれた(12年間で2526人誕生)。

……診療所を始めると「マタニティ」と書いてあるのもお構いなしでいろいろな病人がやってきた。来る人はみんな貧しく、医療を受けることができない人たちだった。ベッドとトラウベ、血圧計以外は何もない。まして私は医者でもない。そんな事情から、はじめは病人の診察は無理と断っていたのだが、断られた患者が絶望して力なく家に戻るしかないと気づかされたその日から私の看護は始まった。

 貧困、伝統・習慣、保健医療制度……課題はいっぱい。フィリピン政府は、産婆を含め国内で正式免許を持たない者すべてを違法扱いにする方針。産科に関する医療はここ100年ぐらいの歴史であるのに対し、人類の出産は数十万年の間繰り返されて命は引き継がれてきた。出血や胎児死亡など異常事態には近代医療が必要。しかし、すべてのお産に医療が必要なわけではない。

 施設分娩で失われるものは本当にないのであろうか? 産婦自身の力で生む自然なお産に立ち会うたびに感じている。……


■ 毎日新聞夕刊編集部 編 須飼秀和 画  
『私だけのふるさと  作家たちの原風景』 岩波書店
 1900円+税
 作家40名が、故郷への思い、幼少時代のエピソードを語る。
穂村弘(札幌市)  室井佑月八戸市)  阿刀田高長岡市)  道尾秀介(東京都北区)  池内紀姫路市)  辻原登和歌山県印南町)  船戸与一下関市)  有川浩高知市)  西加奈子(エジプト・カイロ市) ……
 それぞれの文章に須飼が絵を添える。
 ぱっと開けたページは「角田光代」。横浜市の中心からバスで1時間、横浜駅西口に着くと……

「あ〜、横浜だ」とうれしくなった。世界で一番の繁華街、世界の中心と思っていたから。……
三越のライオン像にまたがったというツワモノだが、早生まれだったので同級生に比べて体が小さく、幼稚園のときからみんなができることができなかったり、友だちや先生とうまく話せなかった、気持ちを伝えられなかった)
そのころから本を読んで自分の世界に入る快楽を覚えたのだと思います。
(小1の7月に初めて作文を書いて、先生がコメントを書いてくれた)
文章を書けば人に自分の気持ちを伝えることができる。「文明の扉」が開いたような喜びを感じました。
(年を経るにしたがって世界が広がっていく。それでも今、世界の中心は自分が住む東京の小さな町)
私は居酒屋と本屋と商店街があればいい。それが、ちっぽけな私の、ちっぽけな世界の中心です。

 
(平野)
 本が溜まってきた。