週刊 奥の院 3.29

今週のもっと奥まで〜
■ 彩瀬まる 『あのひとは蜘蛛を潰せない』 新潮社 1500円+税 
 梨枝28歳、母と二人暮らし、ドラッグストア店長。母子依存ぎみ。夜勤でレジにいた中年男性、蜘蛛を見つける。殺すのも逃がすのもイヤと言いながら、ティッシュでつまもうとするが、うまくいかない。梨枝が彼を押しのけてつまんで外に出す。彼女も殺せない。男は愛妻家だと思っていたら、若い女と逃げた。これが3度目と妻。
 梨枝はバイトの三葉と付き合うようになる。兄夫婦が転勤で実家に戻るのを機会に一人暮らしを始める。母が怒る。梨枝が7歳のときに幼い弟が亡くなり、父母離婚。母は働きながら子ども二人を育てた。兄と母とは仲が悪くなる。梨枝が母を支えてきた。
 三葉と付き合っていることで、梨枝は職場で孤独になる。周りに遠慮する梨枝を三葉が責める。
「なんか……わかった。そういう風にして、相手とぶつからないでいいようにしてきたんだな。そりゃそうだよな、他人を殴るより自分を殴った方が、文句言われねえしずっと簡単だもんな」
 二人の仲はどうなる? 家族関係は? 仕事は?
 場面は、三葉が梨枝の部屋に引越し祝いのミキサーを持って来たところ。

……並んでベランダに足を出しながらどろどろのリンゴジュースをすすると、ビタミンのつまった味がした。
「レモン汁をいれるともっとうまいよ」
「こんどやってみる」
「静かでいい部屋ですね。ベランダ、木の枝すごいけど」
 さざんかが咲くの、と告げてからセックスをした。カーテンをまだ買っていなかったので、誰かに見られてるみたい、と三葉くんは行為の間中ひそひそと笑い続けた。
「私のこと好き?」
 指を絡めて問いかけると、三葉くんは一拍置いて「好きですよ」と返す。私は満足して、しみもニキビも一つもない水気のつまった首筋へ鼻を寄せる。実際に自分が恋人と付き合うまでは、「私のこと好き?」なんて馬鹿っぽい問いかけをする女など、ドラマの中にしかいないと思っていた。けどこれは、キャッチボールみたいなものなのだ。やりとりのあいだ、確かに繫がりがあることを実感できる。ほんとに? ほんとに好き? どれくらい好き? どんなところが好き? じゃれついて、固い眉毛に唇を押し当てながら問いを重ねる。投げ返すボールに花やお菓子をくくりつけて欲しい。私はそういうものに埋もれているのだと安心させて欲しい。三葉くんは腹筋を揺らして少し笑い、上に乗った私の体をごろんとシーツへ下ろした。……

 幸せを感じ安心する。次の瞬間、「くだらない、みっともない……」と母の声が聞こえる。



◆ うみふみ書店日記 (その13)
3月21日 木曜
 県立高校で新2・3年生の販売。行きのタクシー運転手さんが、「どっか地方から来たん?」と訊く。あとから、「はい、今、港に着きました」と答えたらよかったと。
販売、総勢10名で。まだ倒れないのだけれど、廊下ですべって転んですってんてん。足腰弱り、もうあかん。
 13時過ぎ帰店後、無理やり休みにして、「奥の院」。

3月22日 金曜
 2校で販売。
 本日は店番部隊。荷物多く、配送遅れ。おまけにJR人身事故で通勤に乱れ。店頭はヒマ、久々に棚整理。作業場、高校教科書がなくなったと思ったら、近隣大学の教科書が入荷。
 教科書部隊ゴットから昼に電話。領収書が足りない、取りに戻ると。不測の事態が起こる。
 2校とも17時過ぎ帰店。
 大きな声では言えない話。4月オープンする大書店のための荷物がすごい量らしい。関係者は早くも返品の心配をしているとか、なんとか。

3月23日 土曜
 SブックスM社長(わが師)、蔵書整理で古書店を紹介せよと。同社に近いR書房さんに連絡。
 昼休憩、【海事】ゴットと一緒。年寄りの会話。
(私)「このごろ眠くて11時には寝る」
(ゴ)「もっと早い、ご飯たべたら眠たい……」
 同い年、とっしょりは辛い。

3月24日 日曜
 教科書担当者、今日も出勤。ご苦労さま。
 近所の映画館が「ゾンビ映画」特集イベント。ゾンビ姿で映画見て、商店街をパレード。こういうアホなイベントは最近珍しい。
昔は近郊の大学の寮生がバンカラ姿で繁華街を歩く行事があったが、今ごろの寮はきれいなんだろう。そもそも学生寮があるのかどうか。
 ほんでね、チャップリン特集とか寅さん特集とかもやってほしい、と考えるのだけれど、実は違うこと=Hなことを想像している。
ああ、おっさんアホか〜!
 N文協のOさん(GF)日曜なのに営業訪問。「年度末営業か? 注文は出ん!」と言ってやる。「まあまあ、ええ本出るんですよ」という感じで、勧めてくる。大阪南部の精肉店の本。これは注文せにゃならん。
 Oさん、反原発フェアを、「平野か?」と問うので、「私ぁ、直接的なことはやらん、おちょくる」と答えた。
 板宿I書店Mさん来店。夫人とお食事。

3月25日 月曜
 郊外の高校教科書販売。私、店番。
 営業代行ベテランUさんから、元カリスマ書店員Aさん(現在経営コンサルタント)の著書をいただく。さて、【海】に参考になるだろうか。

3月26日 火曜
 教科書販売。大失敗。若い女性を泣かせてしまった。バイト君に集合時間を間違って伝えていて、オイテケボリに。帰店して平謝り。
 ほんでね、誰もが彼女の味方。「あの子が間違うワケがない」と言う。私だって、自分が悪者と最初からわかっている。
 夕方、同級生の娘さんが赤ちゃん連れて来店。赤ちゃん泣く。近くにいた【文庫】Hが、「今日は女の子ふたりも泣かして!」と。胸に突き刺さる言の葉。
 ほんでね、娘さんのこと、私、おかあちゃんのお腹の中にいるときから知っている。おとうちゃんの○●にいるころから知っていると言っても過言ではない。おっさん、アホです。
 H社Sさんより、時代小説感想督促。倒れなかったので、遅れております、と言い訳。

3月27日 水曜
 H社に感想ファックス。次からお断りしよう、先方に迷惑をかける。
 ベストセラー、メモしてくるのを忘れた。後ほど記入。
(平野)
◇ 先週のベスト
1 近藤誠  医者に殺されない47の心得  アスコム
2      神戸ルール  中経出版
3 伊坂幸太郎  ガソリン生活  朝日新聞出版
4 前泊博盛  本当は憲法より大切な「日米地位協定入門」 創元社
5 吉本佳生  高校生からの経済データ入門  ちくま新書
6      シルバー川柳 2  ポプラ社
7 神戸新聞三木支局  カナモノガタリ  神戸新聞総合出版センター
8 宮部みゆき  桜ほうさら  PHP研究所
9 綿矢りさ  憤死  河出書房新社
10 橋爪・大澤・宮台  おどろきの中国  講談社現代新書