週刊 奥の院 3.22

今週のもっと奥まで〜
■ 赤坂真理ヴァイブレータ  新装版』 講談社文庫 495円+税 
 書名から器具を想像、違った。
「振動するもの=ヴァイブレータ。あたしの中身は震えつづけている。……」(カバーの紹介文)
 自分の心の中でべらべらべらべら〜しゃべっている「声」に悩まされる女性ライター。アルコールと食べ吐きで何とか支えている。コンビニで出会った岡部の長距離トラックに乗り込む。あれこれ質問。
「どれくらい、トラックに乗ってるの」「持ち込み?」「どうしてトラックだったの」……。岡部の答え、学歴がない、学校が好きじゃなかった……。

 彼は笑った。この人は健康だ、と直感的に思った。好きでない場所に居続けることを、ごく自然なこととして拒否した。というよりただ、しなかった。
 短い起毛の生地のシートに、あたしは身をゆだね頬を埋める。これは彼の体。アイドリングの振動を胸で皮膚で感じながら、彼に包まれているようだと感じる。そのとき、声たちは、安心しているのだと不意にわかった。みなこの振動に、こまかな元素に分解されて言語のかたちにはなっていない。混合溶液のように、あたしの中で溶けて体内を巡っている。振動の中に、自分の鼓動が聞こえる。……
「あのね」
 本当のことを、あたしは口に出す。
「あたしあなたにさわりたい」
「さわっていいよ?」
 殴っていいよと言いたげに、彼は頬を差し出す。とてもおっとりと笑う。ほんの少し、目を細めたようにするのが特徴的で、それが彼を少し眩しげな、優しい表情に見せていた。鼻梁が通って、鼻の先が尖っている。口元は、甘くほんの数ミリの動きで微笑みを作り出す。長めの前髪が揺れる。
「こわいの。……こんなこと言ってごめん。よく知らない人が、突然変わってあたしに暴力を振るわないということが、どうも信じられないみたいなの。ほんとにこんなこと言ってごめん」
 男は、聞こえたのか聞こえなかったのか黙っていた。黙ったまま、荷台とシートの間にある空間に移って行った。そこは人が眠れるスペースで布団や枕が置いてある。彼は横たわり反対側の窓に頭をつけて、あたしと自然な距離をとった。そして、聞いてるよと微笑んだ。あたしは頭でわかるのではなく安堵して、身体の中から何かが溶けだすように泣いた。
「さわりたいの。さわりたいの」
 あたしはシートを愛撫して泣いている。間があった。シートのけばに涙が細かな霧粒のように載る。
「こっち来る?」
……

◆ うみふみ書店日記 (その12)
3月14日 木曜
休み。いつものように「奥の院」と「ブログ」。終わったところで、明日PR紙「海会」締め切りであったことを思い出す。この間、百回記念を書いたばかりなのに。忘れていたら、そのまま忘れていてもよかったのに。あわてて着手。

ヤフーニュース。北原亞以子死去。

3月15日 金曜
神戸新聞総合出版センターTさんより連絡。「全国新聞社ふるさとの本」フェア参加版元決定。昨年と若干メンバー変更あり。

3月16日 土曜
文藝春秋の広告に、村上春樹新刊告知。『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。4月。
 
作家高嶋哲夫さんより毎年いただく「イカナゴ釘煮」。
各家庭で味付け、煮方が違う。うちのお向かいさんが商売で作ってはって購入。ご近所さんからもおすそ分け。

K作舎社長さんご来店。ありがとうございます。「奥の院」お持ち帰り。

「朝日」夕刊。国会図書館電子書籍配信実験(2.1〜3.3)の結果。ダウンロード数1位は幻の発禁本、「エロエロ草紙」(酒井潔・1895〜1952、30年出版予定だったが発禁処分)、1万7949件。そうか、昭和初期発禁本に興味ある人が1万8千人ちかくも存在するのか。出版関係者、復刻する? 

3月17日 日曜
休み。掃除洗濯してブログ準備。何せ今週は「教科書ヨレヨレ週間」でっさかい、できる時にやっておく。
「朝日」訃報。ミステリー作家・今邑彩、57歳。

3月18日 月曜
教科書搬入。教科書担当者の指示に従ってアリさんは動く。各学年570名くらいの工業高校。ここは2階まで運び上げなければならない。最疲労校。作業中から筋肉痛あり。学科別にセット組みして、18時頃帰店。明日倒れるだろう。

3月19日 火曜
県下屈指の進学校。教科書プラス副読本。それでも去年よりは科目数は減ったらしい。帰りのバス、間違えて乗ってしまって、徒歩距離長く。17時帰店。まだ倒れず。

3月20日 水曜
祝日だが搬入作業、郊外の市立高校。ここも教科書プラス教材で大量だが、エレベーターが使えるので楽といえば楽。17時30分帰店。倒れてしまおう。

神戸文学界の重鎮Sさんが『眼』を買ってくださった。ほんまに「お目汚し」。手製しおりで誤魔化す。

妻帰神。おみやげは子どもたちの元気な様子報告と、江戸のPR誌・紙。 

◇ 先週のベストセラー
1 都会生活研究プロジェクト  神戸ルール 中経出版
2 近藤誠  医者に殺されない47の心得 アスコム
3 平岩弓枝  蘭陵王の恋 文藝春秋
4 ジャレド・ダイアモンド他  知の逆転 NHK出版新書
5 村上春樹 カット・メンシンク  パン屋を襲う 新潮社
6 神田榮治  危機を乗り越えた企業たち 神戸新聞総合出版センター
7 村井康彦  出雲と大和 岩波新書
8 吉田篤弘  なにごともなく晴天。 毎日新聞社
9 安藤まどか  わが母 時実新子 実業之日本社
10 嶽本野ばら  米朝快談 新潮社

(平野)