週刊 奥の院 3.20

■ 武田知弘 『戦前の生活 大日本帝国の“リアルな生活誌”』 ちくま文庫 740円+税 
 1967年福岡県出身。大蔵省職員、塾講師、出版社を経て、2000年からフリーライター。著書、『ナチスの発明』(彩図社)、『ワケありな国境』(ちくま文庫)、『生活保護の謎』(祥伝社新書)他。

序章  あなたの知らない戦前の世界  阿部定 密造酒 東京音頭 裁判員 税金
第1章 お笑い、アニメ、遊園地、ダンス……けっこう娯楽は充実していた  吉本興業 少年倶楽部 ジェットコースター 少女歌劇団 社交ダンス ジャズ オペラ
第2章 「封建」と「近代」の混じり合い  心中事件 乳幼児死亡率 性病 青年団 日本文学全集 年賀状 モダンボー
第3章 現代より凶悪だった子供たち  小学生による殺人事件 学生ストライキ 賭け事 駄菓子屋 刺青
第4章 海外旅行ブームもあった!  海水浴 避暑 新婚列車 はとバスの原型 海外旅行 自動車
第5章 世界有数のスポーツ大国  スポーツヒーロー、ヒロインたち 陸上王国 テニス 双葉山 甲子園 早慶戦
第6章 戦前の地下生活者たち  売春 遊郭 カフェー 人さらい スラム

阿部定事件
 定という女性が愛人・石田をSMプレイの最中に絞め殺してしまい、ナニを切り取って……という猟奇事件。昭和11(1936)年5月。新聞は連日報道。逮捕時には号外も。

……定は細面の美人であり、逮捕時ににっこりと笑った写真に、世間は度肝を抜かれた。
「こんな美人が……!」
 ということである。この猟奇的な事件に対して、世間は好奇心むき出しで追いかけた。阿部定は、「石田は自分が初めて好きになった人であり、誰にも渡したくなかった」と犯行の理由を述べた。阿部定の行動を「究極の愛」などととらえる文学者も出てきた。
 この当時は、二・二六事件の直後である。
 暗澹としていた国民は、このスキャンダラスな事件に飛びついた。重苦しい事件が続いていたので、国民は息抜きを求めていたのである。当時の新聞の中には、阿部定のことを「世直し大明神」と呼んだところさえあったという(「昭和性相史・戦前戦中編」下川耿史・現代ジャーナリズム出版会)。

 事件現場に人が押し寄せる。雑誌が繰り返し報道する。
 刑務所には毎日20人以上が立ち、ファンレターはのべ1万通、結婚申し込みが400通以上あった。カフェや映画界からスカウトも。定は出所して仮名で暮らしたが、伝記が発表され、平穏な生活は崩れる。

 教科書や歴史の本には出てこない戦前日本の“リアル”な日常生活を60あまりのトピックで紹介する。
 カバーの絵は、小松崎茂「銀座尾張町」。
(平野)