週刊 奥の院 2.27
■ 丸谷才一 『無地のネクタイ』 岩波書店 1400円+税
解説 池澤夏樹 装丁 和田誠
『図書』に連載したエッセイ、「バオバブに書く」「無地のネクタイ」。
なんで「ネクタイ」か? それも無地。おしゃれのこだわり?
「男のポケット」「好きな背広」というエッセイ集もありました。ポケットは身につけるものではないですが。
それに「バオバブ」、今回初めて知りました。知らないことばかり。
解説より。
池澤は丸谷から言われた。
「ぼくたちジャーナリストはいつだって一夜漬けで勉強するんだよ。」
この「ジャーナリスト」とは報道ジャーナリストではなく、
……新聞や雑誌に文章を寄せる者という意味である。今日明日のことでなくても、どこかで時事性のある話題を取り上げる。そういう時にはまず主題を決め、それに沿って大急ぎで参考書を読む。その大急ぎの部分が丸谷さんの言う「一夜漬け」なのだ。
学者で、小説家で、膨大な知識を持つ人だが、「知識を集める手法」も持っていた人。
硬い教養だけではなく、軟らかい話もお好きでした。
■ 出久根達郎 『隅っこの四季』 岩波書店 1700円+税
装丁 桂川潤「日経流通新聞」連載他のエッセイ。【創業百年記念文芸】シリーズの1冊。
朝の台所から聞こえる庖丁の音、旬の食べもの、愛用の品、日々の習慣など、暮らしの隅っこに転がっているような小さな季節の風物=無季の季語、を綴る。
「書籍婚」という話(書き下ろし)。
気仙沼の魚屋さんと長いつきあい。大震災後、再開の知らせを受けて何か力にと、週刊誌の企画「私の取り寄せ便」で紹介した。そこのサクラマスが鮮やかな紅色で、サンゴを連想。自分たち夫婦が結婚35周年と気づく。「サンゴ婚」というそう。
出久根が店を開いて2年目のこと。ある女性客から教えてもらったのは、結婚4周年の「書籍婚」。初めて耳にする言葉だった。友人に結婚祝いをしていないので、合わせて「漱石全集」(全34巻)を贈りたいと。
……
「本屋さんがご存じないなんて」笑われた。
「どちらに送りますか。地方でしょうか?」
リアス式海岸で知られる某町の住所を告げた。
「漱石全集を選ばれた理由は、何かあるのですか?」訊いてみた。
「結婚記念式は先ゆき、サファイアとか、ダイヤモンドとか石の名になるでしょう? 漱石も石じゃありませんか」
女の人は快活に笑った。洒落た人だった。……
その町も津波に襲われた。あの時4年目ということは、大震災の年は40周年で、ルビー婚。かつての送り先を心配する。
サクラマスと一緒に届いたメジマグロのルビー色に目がいく。
(平野)