週刊 奥の院 12.24

■ 村松友視(示偏に見) 『悪口のすゝめ』 日本経済新聞出版社 1500円+税 装幀・平野甲賀 
 2005年から始まった静岡県島田市のまちづくりイベント「愛するあなたへの悪口コンテスト」、8年間の受賞作品を題材にしたエッセイ。村松はコンテストの審査委員長。
 島田は東海道の宿場町。天領地であった。代官の命により町民たちが役人の評判を人形に託して申し出る「悪口稲荷」の伝統がある。スキャンダルを記す文が賽銭箱に入れられたり、祭礼の行灯に使われたりもした。
 全国にそのような祭があった。

……
 悪態祭は悪口(あっこう)祭、悪たれ祭、喧嘩祭などとも言われ、集まった群集がたがいに悪口を言い合うことを特徴とする祭だ。相手を言い負かせば幸運を得るとしたことにもとづくといわれ、年頭の祭に多く、すなわち一年の吉凶を占う年占(としうら)の意味が濃かったようだ。

 安来節で有名な島根県安来市・清水(きよみず)寺では、節分の夜に参詣者が悪口を言い合う。相手に言い勝てば豊作が実現するとされる。京都・八坂神社の白朮(おけら)祭、栃木県足利市の悪口(あくたい)祭、茨城県岩間町(現在笠間市愛宕神社の悪態祭など。

……人の気や心が小さくなり、かつてのような言語や文化のダイナミックな躍動に、ブレーキをかける傾向が生じているこの時代の雲行きのなかで、悪口や悪態の奥にある意味が失われ、これらの悪態祭のたぐいがかなり減少してきているのはたしかだろう。
 したがって、島田市の民間団体の、街の古い伝統や習慣を復活させることによって、忘れかけている人の心のダイナミズムをよみがえらせようという志や壮とすべし。……

 
“悪口”の前に“愛するあなたへの”とつけたことを市民団体の快挙とほめる。
 第1回大賞作品は、
冷たくなった あなたの心 寝てる間に 取り出して そーっとレンジで チンしたい
 選評は、

……作者である妻のこの心根にほとほと感服し、ご主人に代って感謝の意をささげるべきなのだろうが、この愛のありかたにはちょいとばかり恐怖がからむような気がしないでもない。
 見捨てる、突き放す、無視するという感じがまったくなく、あくまでも夫と生活を共にしていこうという気概の強さが、極端なかたちで伝わってくる。これほどの前提と覚悟が、適当に生きている夫にはちょいとばかり恐いのだ。

 夫には「冷たくなった」という自覚はない。「夜中にチンしたい」と妻が思っていることも想像できない。妻にとっても、夫がこの恐怖をずっと知らずにいるという保証もない。
 

 それにしてもこの作品は“悪口”の皮の内側に“愛”という餡をくるんだ見事な出来栄えだ。過剰とも思えるこの愛のかたちのそこからは、夫の心よりも冷たいかもしれぬユーモアまで浮かび上ってきて、夫婦のありようの何とも切ない、切羽つまった緊迫感とおかしさがあふれている。

 小説家は考えてしまう。なぜ夫の心は冷たくなってしまったのか? 妻は、「熱愛」が「ふつうの愛」になったことを言っているのか? それが物足りないのか? それとも妻のいたずら心か? 夫にすれば、

……自分に対する妻の過剰な期待が、夫の立場からはいささか恐い……男などというものは、それほど自信をもてない輩なのだ。

 他の作品、
 おい息子 嫁さんまだか あれこれお前が使ってる あれは俺の恋女房
 古女房 返品できる 期限切れ
 「来てやった」「もらってやった」で銀婚式
 とりえなし 金もないのに 縁がある
 馬鹿たれは 僕の辞書では 愛してる
……
“愛”の餡の甘さが少し濃すぎる傾向で、今後も美談路線かと懸念していた。しかし、第2回の大賞は、
 私の夢のサスペンス あなたは何度も死んでいる
 夫の日常のすべてが「死に値する」。しかし、小説家は“愛”を見出す。
「すなわち、殺すのは夢の中ばかり……」
(平野)
 妻の悪口なんて、ありません! 向こうはいっぱいあるでしょう。
 1月16日からの担当フェアは、「新春早々悪口雑言罵詈罵倒」。本書はじめ切れ味の鋭い「悪口」の数々を。