週刊 奥の院 12.23

■ 種村季弘 『書国探検記』 ちくま学芸文庫 1300円+税 
 種村(1933〜2004)はドイツ文学者。本書は読書エッセイ、書評をまとめる。初版は1984年筑摩書房
 焼け跡闇市古本少年の思い出が多く語られている。
「シークレットラビリンス」
 

古本屋しかない時代だった。新本屋には売ろうにも商品がないのだ。戦争で版元が潰滅したので、新刊書が出ないのである。その空白を古本屋が一手に引き受けた。(戦没者の蔵書や焼け残りの古本など。露天商や町並みの中にも古本屋・貸本屋ができる)
 テレビもパチンコも、プロ野球もフリー・セックスもなかった時代の気ばらしは、私の場合は古本屋回りだった。「上半期芥川賞」も「今年の収穫この一冊」も関係のない、明治大正昭和何でもありの活字本の間を右往左往していたのである。
 三十年経って、大型書店がターミナル駅前目抜きの場所に林立する。なるほど夥しい本の洪水だ。それにしては想像力を刺戟しない。いくら本があっても、これは、ここ数箇月の出版物の流通販売の見本市だもの。けれども裏町の間口二間の古本屋には、どうかすると江戸の和綴本があった。明治のオカルト研究書が埋もれており、忘れられた大正作家の本がころがっていた。誰も見向きもしなくなった本さえあるから、こたえられないのである。……私はベストセラーズは買わない。あんなもの、あぶなっかしくて。よんどころない場合は別として、新本も古本屋に落ちてきたところで買う。ケチではないのだ。しもじも(原文は傍点)の者に毒見させてから、おもむろに手をのばす王侯貴族の心境なのである。

 戦争中、新刊屋で『宮本武蔵』全巻立ち読み、家族の蔵書読破、友人の持ち物と交換し合うが手持ち少なく脱落。病気の子が蔵書家で、同級生たちは彼の机に触れるのもいやがっていたが、「意を決してつき合う」。
「危険な読書であり、かつ、いまにして思えば、弱味につけ込んだ恥ずべき借覧であったようにも反省される」

■ 紅野敏郎 他 編 『日本近代短篇小説選 明治篇1』 岩波文庫 900円+税
細君 坪内逍遥  くされたまご 嵯峨の屋おむろ 
この子 山田美妙  舞姫 森鴎外
拈華微笑(ねんげみしょう) 尾崎紅葉  対髑髏 幸田露伴
こわれ指環 清水紫琴  かくれんぼ 齋藤緑雨
わかれ道 樋口一葉  龍潭譚 泉鏡花
武蔵野 国木田独歩  雨 広津柳浪

 初見の名がふたり。
嵯峨の屋おむろって、芸者さん? 写真を見たらヒゲのおじさん。1863〜1947年、本名矢崎鎮四郎(しんしろう)、江戸生まれ。東京外大露語科で二葉亭四迷と友人、坪内逍遥宅に連れられ弟子入り。「くされたまご」は、「背徳的な女性教師の醜行を描いて、腐敗した教会を批判する刺激的な内容……」。
 清水紫琴(1868〜1933)、本名豊子、備前国生まれ。離婚、女権拡張運動、」「女学雑誌」記者、明治女学校教員という経歴。
「こわれ指環」は、愛のない結婚に耐えられなかった女性の心情を綴る。
 カバー写真は、広津柳浪「雨」自筆原稿。 
(平野)
 種村さん、それでも読みたい本があった。辛い「読書」の時代があった。
 嵯峨の屋おむろ。あとで、伊藤整の『近代日本の文学史』(夏葉社)を見たら登場していた。ワテの頭はスッカスカ。