週刊 奥の院 12.14

今週のもっと奥まで〜
■ ノベライズ・亀山早苗 原作・国友やすゆき 脚本・いずみ玲
『ドラマノベライズ 幸せの時間(上)』 双葉文庫
 619円+税
 浅倉一家は念願のマイホームを建て引越し。その翌日、妻・智子が車で事故。相手の女性・燿子と夫・達彦が……。
 達彦は燿子が駅のホームで自分を見つめているのに気づく。
 人気コミック、テレビドラマ化(フジ系昼ドラ)。

……
 会社についてからも燿子のことが気になった。自分を見つめる、あの意味ありげなまなざしがちらちらと脳裡に浮かぶ。そうだ、名刺をもらっていたんだ、あとで電話してみようか……。いや、こちらから電話するのは変だろうか。……
 その晩、達彦は燿子とイタリアレストランで向かいあっていた。目の前に座るよう子は、大きく胸の開いたワンピースを着ていた。先日の事故のときは気づかなかったが、彼女は輝くように美しかった。長い髪はゆるやかなウエーブがかかり、つやつやしている。色白の陶器のような肌に、アーモンドのような瞳がくっきり映え、笑うとその目じりが少しだけ垂れて愛らしい。 
「本来ならもっと早く、お詫びの席を設けるべきだったんですが……」 
 燿子は微笑をたたえたまま、達彦の言葉を遮った。
「わたし、何度もお見かけしたんですよ。駅で浅倉さんのこと」
「え?」
……
「今日はうれしかった。お電話いただけるなんて、夢にも思ってなかったから」
 達彦はどう答えていいかわからず、口ごもってしまう。
「奥さま、お元気になられました? こういう事故って、加害者のほうがつらかったりするんですよね。もちろん、わたしみたいに怪我が軽い場合ですけど」
「優しいんですね」
 達彦は、彼女の心根のよさに感心した。
「おふたりを見てて、とても羨ましかった。世の中にはこんなに思いやりにあふれたご夫婦もいるんだなって。なぜかわからないけど、ちくっとこのあたりが痛くなりました」
 燿子がゆたかな胸元を両手で押さえるのを見て、達彦は思わずどきりとする。彼女は話し上手で聞き上手だった。会話が弾み、酒も進む。気づいたときにはもう夜もかなり更けていた。
 外に出ると、燿子がふっとよろけて達彦にすがりついてくる。
「ごめんなさい、酔っぱらっちゃったみたい」
「そんなに飲んでいないでしょう?」
「酔ったのは、お酒にじゃないんです……」
 潤んだ黒い瞳に、達彦はドキッと胸を衝かれる。別れぎわ、思い切って言った。
「アドレスを交換しておきましょう。その……脚のことでなにか困ったことがあったらいけないから」
……
(次に会って食事後、彼女の部屋に)
 ふたりは、縺れるようにベッドへとなだれ込む。
「わかってた。きみとこうなることは最初から」
「わたしも思ったわ、運命だって……。なにかがわたしたちをあの日、あの場所に導いたって。わたしを抱き上げてくれた力強い腕。あの腕にもう一度抱かれたいって、夢に見るくらいに」
「俺はここにいる。ここでこうしてきみを抱いている。夢なんかじゃない」
「うれしい」
……

(平野)