週刊 奥の院 12.7

今週のもっと奥まで〜
■ 蛭田亜紗子 『自縄自縛の女』 新潮文庫 490円+税 
 R18文学賞受賞作品を含む6篇。表題作は竹中直人監督で映画化、2013年2月公開。 
http://www.r18-jijojibaku.com/
 
 インターネットで見よう見まね、自分の躰を縛る女。

……
 どうしてそんなことを? と訊かれたならば、魔がさしたから、としか答えようがない。
 紐を指定の長さに切断したあと、パソコンの前で服をすべて脱いだ。裸の肌は警戒してすくんでいるようだった。『菱縄縛りのつくり方』と題されたページを見ながら紐を首にとおし、鎖骨のしたで結び目をつくる。紐が肌を滑ると、かすかに鳥肌のさざなみが起こった。さらに結び目を増やし、足のつけ根にくぐらせる。秘められた部分がそっとくすぐられ、とたんに罪悪感で胸がつまる。やめようか、と逡巡したが、窓のカーテンが隙間なく閉まっていることを確認してから、再び手を動かした。うなじにとおし、胸もとに持っていき結び目と結びのあわいに入れて背へ。乳房がくびり出される。なんだか胸だけ外気にさらされているようで心もとない。はやる気持ちを抑えつつ、不器用に手を進める。おなかにかかった菱形のかたちを整え、最後に背面に垂れた紐で軽く輪をつくって手首をとおし、捻って固定すると――思わず喉からと息が漏れた。未知の感覚に全身の皮膚はちりちりとそそけ立っている。……
 全身が熱くなっていた。肌の毛穴ひとつひとつが蒸気をたち昇らせ、陰唇はしずくを零していた。なのに、ふしぎと欲望は訪れなかった。ただ、このまま縛られていたい、その想いだけに包まれていた。

 元恋人に見つかり、やめた。その後、仕事がうまくいって飲み会、また縛り始める。「自縄自縛ブログ」も。出勤時にも服の下に縄を仕込む。ある日、高いところの箱を取ろうとして椅子から落ち、上司にスカートの中の縄を見られてしまう。
「会社にはしてこないでほしい」
 しばらくやめるが、禁欲は続かない。週末に自縛。手錠の鍵を封筒に入れ、自宅宛に郵送。次の日まで鍵は戻らない。アイマスク。ケータイは切る。ドアの鍵はあけたまま。突然、上司が訪ねてきた。

……
「なんだ、その格好」
 唾を飲み込む音と、かすれた声。
「誰かにやられたのか?」
 私はあきらめて首を振った。向こうから長いため息が聞こえた。
「個人の性的嗜好については何も言わない、とは言ったけど」さらにため息。「実際見てみるとなあ」
 息苦しい沈黙がおとずれる。
「近づいてもいい?」再び彼が口を開いた。
 私はこくりと頷く。かすかな物音とともに、気配が接近した。
「自分で縛ったのか。見事なもんだな」
……

(平野)