週刊 奥の院 12.2

■ 上林曉 『ツェッペリン飛行船と黙想』 幻戯書房 3800円+税
 全集未収録作品125篇。同人誌時代のもの、未発表のもの、新聞掲載など。
 本名・徳廣巖城(いわき、1902〜1980)、高知県生まれ。
 表題作品は詩。1929(昭和4)年、同人誌「風車」に発表。熊本五高時代の友人と創刊。昭和2年から改造社に勤めたが、同社は外部での執筆を禁止していた。「上林曉」で書いた。原文は旧字、旧かな。
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弾丸の如く飛来する球体、  
豚の如く立ちはだかる鈍体、
鯨の如く游泳する白銀体、
牙の如く旋航する発光体、
又、弾丸の如く雲に突入する球体、
――この媚態(コケットリ)はマネキン・ガール以上だ。

プロペラの超廻転、
ゴンドラの窓、
ローマ字 GRAF ZEPPELIN 
船腹、舵機はするめいかの尾 
雲、
空、
爆音、
エッケナー、
軍備拡張、――
人は彼の豊富な素材を黙想しながら、
何も考えていない。

すばらしい引力だ、
人は上層に舞い昇った。
アパートメントの屋上庭園、
事務所の屋根、
バラックの物干台、
煙突の梯子、
工場のフットボール競技場。
そして、
郊外の共同住宅地では、
杉木のてっぺんによじ登った朝鮮の少年が、
「ドイツのツェッペリン」を見ながら、
郷愁の涙を流した。

その夜、ボーデン湖の朝霧、ウラルの月空、シベリアの霧海、韃靼海峡の闇、太平洋の海風を貫いた灰色の巨船が私の頭の中を白々と通過した。

 解題・大熊平城(孫)。

 昭和四年八月一九日、グラーフ・ツェッペリン号は地球一周の途中、霞ヶ浦に寄港した。大勢の見物人が訪れたという。上林曉も現地で見たのであろうか。フーコー・エッケナーはツェッペリン社の経営者で、この船の船長でもあった。しかし、科学技術の粋を集めた飛行船に対する暁の心はむしろ冷めていた。人知れず「軍備拡張」を目論む者がいるのに、一般の人が「何も考えていない」ことに歯痒さを覚える。飛行船は曉の頭の中を「白々と」通過する。その一方で自身を投影しているのか、朝鮮から来た少年には同情的である。……

(平野)    
HP更新。 http://www.kaibundo.co.jp/index.html
「眼」はお酒の本。