週刊 奥の院 11.23

 今週のもっと奥まで〜
■ 加藤ミリヤ 『UGLY アグリー』 幻冬舎 1300円+税
 人気のシンガーソングライター。2作目の小説。
 デビュー作がベストセラーになったラウラ、21歳。映画監督を志す大学生ダンガと出会い、共に強く惹かれ合う。初対面のことを思い出す。

「急にあなたが眼の前に座っていたよね。でもわたし全然驚かなかった」 
「よく考えたらほんとに変な人だよね」
「変だね。……でも、どうして、あの時、僕を拒絶しなかったの?」
「理由なんてないよ。わたしも不思議、気がついたらあなたと話をしてた」
……
 夜の中をわたしの家へと歩いていた。きっとこれからわたしたちはひとつに繫がるのだ。はっきりとお互いがそれを予感していた。夜になると、随分涼しくなった。夏が終わる風の匂いがした。
「僕は、君がとても有名な小説家だってこと、ほんとうは知っていたんだ。……僕は君のデビュー作を読んで、君の熱狂的なファンになったんだ。『骨を食べる』は夢中になってあっという間に読んだよ。……あの時、あの店に入った瞬間、君がいることに気がついたよ。信じられなかった。呼吸をすることも忘れるくらいに。君と眼が合った時に、これは絶対に会うべくして君にあったんだって、思ったんだ」
「わたしに初めて会った時に、あなたがなんて言ったか憶えてる? わたしのことがわかるって言ったのよ。わたしの眼を見て。わたしのことがわかるんでしょう?」
 私が彼を知る前から、彼はわたしの知らないところでわたしを知ってくれていて、受け入れてくれていた。そんなことは何ひとつ知らずに、ひとりぼっちの日常を生きていた。ずっと前からわたしのことをこんなに強く想ってもらえていたということにわたしは今にも泣き出したかった。ダンガはわたしの顔も好きだと言う。わたしのなにもかもを好きだと思っている。そんなことは、今までに、一度だってなかった。
「君のことが好きです」
 ダンガが眼に涙を溜めていた。この瞬間に泣いてくれるなんて、わたしはそれもまた始めてだった。
「わたしもあなたのことが、好き」
 そう言ってわたしは両手で顔を覆い隠して、声を出さずに泣いた。肩が震えていた。

 再び歩き出すと同時に、初めてダンガの手を握った。ダンガは強く握り返した。
 ダンガとわたしにはじめての夜は、真夜中にひっそりと流れる川のせせらぎのように静かに迎えられた。わたしたちの呼吸と、小さな声と、コットンのシーツや枕に触れたときのかさっという音だけが大人しく鳴っていた。肌と肌を触れ合わせて、もうこれ以上近づけないくらいお互いが近づくと、わたしたちはずっとこうしたかったんだと思っていたことに気がついた。それがとてもすばらしかったことにふたりとも安堵した。……初めてのそのときを、わたしたちは一生懸命に愛した。もうこれ以上はないくらい必死にそのときを過ごし、たくさん汗をかいた。一度も触れたことのない場所に触れたり、一度も聞いたことのない声を聴いて、緊張感の中でひとつひとつを受け入れ、知っていった。余韻の中で頭をぼうっとさせながらいつまでも抱き合い、わたしたちはどちらともなく眠りに落ちた。長い一日が終わった。


 書名のとおり、ふたりには不快な怒りがある。お互い以外の世間に。ラウラのセリフ。
「……わたし、社会には一体どんな優秀な人が溢れてるんだろうって、想像してたの。自分の仕事を難なくこなして、責任やプライドを持って、プロフェッショナルしかいない場で切磋琢磨しあって、刺激的にそれぞれのポジションを全うしてると思ってたの。でも、蓋を開けてみたら、適当な人はいるし、単純に馬鹿な人もいるし、明らかに向いてない人はいるし、……でも、すくなくともわたしは、プロフェッショナルの小説家としてやっているつもり。だから、せめて直接関わるひとには優秀であって欲しい。……」

(平野)NR出版会HP連載・書店員の仕事17 は、紀伊國屋書店新宿南店・神矢さん、「ワクワク」を基準に仕事を。
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