週刊 奥の院 10.26

今週のもっと奥まで〜
■ 『悦 etsu』 VOL.7 イースト・プレス 950円+税 
 3月に「第2回団鬼六賞」発表のはずが、種々の事情で遅れた。すでに受賞作『蝮の舌』は単行本出版で、当欄でも紹介ずみ。選考会の模様(藍川京、石田衣良高橋源一郎)掲載。
 引用は、「第1回」受賞・花房観音「花灯路
 京の初春の行事、東山青蓮院から清水寺までの道を行灯と生け花で彩る。主人公・弥生は華道家元に弟子入りして10年。厳しく教えられ励まされて精進。今回作品を展示することに。彼女は13年前自分を捨てて裕福な家庭の女性と結婚した三倉を招待する。今、彼は離婚し、会社も辞め、日雇いや派遣で食いつなぐ身。彼女は華道学校の営業職を世話することも申し出る。

……
「久しぶりやね。変わってへん」
「弥生……びっくりした、別人かと思った」
「来てくれて、嬉しいわ、おおきに。どうしても、三倉さんに見て欲しかってん」
……
 夜の空にそびえる日本一大きい知恩院の三門の前を通ると、人通りが少なくなった。知らぬうちに手を繋いでいた。どちらからがそうしたのか、わからない。
「生け花のことはわからないけれど、よかった。優しい気持ちにさせてくれそうな花だった」
「おおきに。そう言ってもらえると嬉しい」
 そう言って弥生は照れ臭そうに俯いた。そういうしぐさは昔のままだと三倉は弥生の手をぎゅっと力を込めて握った。
「三倉さんが、東京に帰った時、ほんまに悲しくて悲しくて、すがりついて泣きたかった。けど、最初から恋人がおるって知ってたし、どうにもならんて、わかってた」
「――ごめん。本当に、すまなかった」
「でも、楽しかったから。うちのことほんまは好きやないって知っていても、二人きりで抱き合っとる時は、幸せやったから」
(思い出のホテル)
「あそこに、行こか」
 弥生も同じことを考えていたのかと嬉しくなり、その肩を抱き寄せると髪の毛から花の匂いがした。立ち止まると、弥生の方から唇を近づけてきた。花の匂いに酔いそうになった。
……「ぁあ」に「うぅつ」に「うあぁつ!」に「ぁあつ!!」「ぁあっんっつ!!」……
(ホテルを出て再び花灯路へ戻る)
 時計を見ると、九時半だ。花灯路はもう終わりに近づき、足元の行灯も消され始めていた。ところどころの街灯だけが道を照らしている。知恩院の三門の前を抜け、円山公園に入る。弥生の生けた花は、さきほどよりぼんやりとした灯りの中で、そこに佇んでいた。
「光がなくても、綺麗や」
 弥生はそう言って、花に顔を近づける。匂いを嗅ごうとしているのか――さきほどまでの痴態を思い出し、それがひどく淫らなしぐさに見えた。
「俺、東京の華道学校の営業職の話、受けるよ」
 三倉は言った。聞こえていないのか、弥生は目を閉じて花の匂いを嗅いだままで、応えない。
「弥生も、講師として東京に度々来るんだろ――そうしたら、また会える」
 三倉は弥生の肩を抱いた。昔と変わらぬ、細い肩を。このまま弥生とヨリを戻すのもいいかもしれない。若手華道家としても女としても輝きを放つこの女は、自分をずっと忘れず想い続けてくれたのだ。そして自分が困っていると、手を差し伸べてくれた。その情に報いるのもいいかもしれない。さきほどの営みで弥生が激しく自分を求めたことが、その想いのあらわれなのだろう。
「それやったら、披露宴も出てくれはる?」
「え?」
(家元と結婚すると言う)
 弥生は月を見上げて、目を潤ませながら穏やかなほほ笑みを浮かべている。その瞳に三倉の姿は映っていなかった。……
「復讐」という言葉が三倉の脳裏に浮かんだ。……

● 2F 新雑貨
■ PILICA DESIGN(ピリカデザイン) グリーティングカード、名刺など紙媒体のデザイン。
写真はポストカードとマグネットの一部。
 
 
 
ポストカード 6種類 各150円+税  手旗信号 200円+税 
二つ折りカード 5種類 300円+税  同ミニ 4種類 250円+税
しおり 300円+税
マグネット 3種類 250円+税  
 手旗信号(人数で値段違います)1人250円+税 2人300円+税 3人350円+税 4人400円+税
 デザイナー林昌世さんは神戸商船大学OB。
(平野)