週刊 奥の院 10.21

今、あえて紹介する。
■ 『こころ』 Vol.9 平凡社 800円+税
 特集: ノンフィクションの現在
◎ 対談 佐野眞一青木理  いま、ノンフィクションの使命とは
◎ ノンフィクション・私の流儀
石井光太 「真実」を描くために
内澤旬子 イラストルポ、一人二役の苦悩
◎ 血と肉となったノンフィクション10冊
近代というものを疑う声  郄山文彦
創作と現実は切り離せない  森達也
私を探検に駆り立てた本  角播唯介
「事実に裏切られる」喜び  諸永裕司
戦争を生きることの苛烈さ  梯久美子

 佐野・青木対談から、佐野の『あんぽん 孫正義伝』(小学館について。

(青) (すごいなと思ったのは)週刊誌の連載時にあった、自分は孫が目指すIT社会なんてまったく興味はない、そんなことは新しいものならうんこでも飛びつくIT評論家に任せておけばいいというくだりで、自分は孫正義という人間がどうやって生まれてきたのかを書くんだという、まさにその点なんです。……
(佐) ……メディア不況や電子出版の文脈で孫正義を書くのは面白いかもしれないというところから始まったんだけど、鳥栖の朝鮮部落の風景が孫の従兄弟から克明に出てきたときには、おやおやと思ったな。特に戦後になって朝鮮半島に帰ってから、もう一回密航船で日本に戻ってきたという話に惹かれた。(父親の人間性、交友、家での豚飼育など)いろいろ出てきてアドレナリンが出っぱなしだったよ。
(青) もう一つ興味深かったのは、在日社会、とくに一世、二世の時代に家族が豚小屋のようなところに暮していたという話をここまで書くのかという点です。ここまで書くべきなのかと。逆にここまで書かないと、孫正義という人間を浮かび上がらせられないのも間違いないわけです。
 日帝時代の植民地支配はもちろんよくないことだけれど、そんな大文字では済まないようなことを、徹底して現実の情景を、思いきり書く大切さを感じました。
(佐)……孫正義はおそらく自分の叔父さんが炭鉱の爆発事故で死んだということをうっすらとは知っていても、克明には知らなかったと思う。それから、祖父たちが戦後になってからもう一回日本に密航してきたってことも。人間は自分の過去を全部知っているわけではない。それにオヤジが家族の歴史を遮断してしまっているところもある。
 もちろん、僕が全知全能の神ですべてを知っているということでは全然ないけれども、本人が絶対見ることができない背中や内臓から光を投げかけるとうっすらと本質が見えてくる。
(孫は出自を隠していたが、アメリカに留学して外国人たちがにこにこ笑っているのを見て、俺はなんてちんけなんだと悟り、その瞬間自分が変わったと言っている)
 やっぱり何かの負荷を背負っているというか、過剰なものを抱えていたり、あるいは欠損を背負った人間を描くのは圧倒的に面白いってことだよね。

「あんぽん」とは日本姓「安本」のこと。

 連載、半藤一利日露戦争史」トルストイの非戦論が紹介されている。1904(明治37)年6月「ロンドン・タイムス」に掲載。杉村楚人冠が訳して「東京朝日新聞」が8月に延々と掲載した。
 

 東西相隔つること幾千里、一は殺生を禁断せる仏教の徒、他は博愛を標榜せる基督の徒、而して両者互いに野獣の如く海に陸に他を虐殺し、残害せずんば已まざらんとすることこれそもそも何事ぞや。

 兵たちは家族を残し、内心の悲哀を隠して、見たこともない相手、自分に何の害も与えたこともない相手を殺そうとする。家で待っている者たちは相手が殺されたことを聞いて狂喜し、神に感謝する。次代の人間は負債に縛られ、労働者は職を失い、数千数万の子どもたちは無慈悲にも死地に陥れられる。……
 
トルストイは非難攻撃されたが処罰はされなかった。そのことを楚人冠は「露国の人心にいかに大なる感動を与えたるかを知るに足る」と讃嘆したそう。
(平野)