週刊 奥の院 8.25
■ 紅野敏郎 千葉俊二 他編 『日本近代短篇小説選 昭和篇1』
岩波文庫 800円+税
施療室にて 平林たい子 鯉 井伏鱒二 キャラメル工場から 佐多稲子 死の素描 堀辰雄 機械 横光利一 闇の絵巻 梶井基次郎 他、牧野信一、小林多喜二、伊藤整、室生犀星、北条民雄、宮本百合子、高見順、岡本かの子、太宰治、中島敦。昭和2年から17年発表の16篇。
解説:千葉俊二
一九二六年十二月二十五日に大正天皇は崩御、摂政裕仁親王が践祚し、元号も昭和と改元された。したがって昭和元年は一週間ばかりしかなく、実質的には昭和二年が昭和のはじまりだった。その昭和二年の七月二十四日に、大正文学のチャンピオンだった芥川龍之介が満三十五歳の若さで自殺している。
芥川の自殺が大正文学から昭和文学への転換を徴づけるメルクマールとなることはいうまでもない。芥川は自殺の動機について「僕の将来に対する唯ぼんやりした不安」(「或旧友へ送る手記」)ということをいったが、いわば昭和文学はこの「ぼんやりした不安」を追認し(もちろんこれは昭和十年前後の文壇を覆うことになるシェストフ的不安とも結びつく)、芥川の死をいかに乗り越えてゆくかということを命題として出発したといってもいいだろう。……
芥川に師事した堀辰雄の『死の素描』。1930(昭和5)年発表。若い頃から結核で闘病生活。
僕は、ベッドのかたわらの天使に向っていった。
「蓄音機をかけてくれませんか?」
この天使は、僕がここに入院中、僕を受持っているのだ。彼女は白い看護婦の制服をつけている。
「何をかけますか?」
「ショパンのノクタアンを、どうぞ――」
蓄音機の穴から、一羽の真赤な小鳥がとび出して来て、僕の耳の中に入ってしまう。それからその小鳥は、僕の骨の森の中を自由にとびまわり、そして最後に、僕の肋骨の一つの上に来て、とまる。それが羽ばたくたびごとに、僕は苦しく咳きこむのだ。僕はこの鳥を眠らせるために、吸入器をかけよう……。
天使は僕の夢をよく見抜いていて、それを調節する。それが彼女の役目なのだ。彼女は、微笑しながら、僕の聴いているレコオドを取替えてしまう。……
(平野)