週刊 奥の院 8.12

■ 市川慎子 『東北おやつ紀行』 中央公論新社 1500円+税 
 著者はネット古書店「海月(くらげ)書林」店主。家人の都合で福島県郡山市に移り住み、ここを拠点に東北各地を旅、「おやつ」を軸に記録した。
 岩手山を眺めて、北へ  岩手県花巻市盛岡市   
経木まんじゅう、きりせんしょ、お茶餠、醤油団子、みそかま、豆餠 他
 白い犬は佇み、ねぶたは光る  青森県青森市 
久慈良餠
 門前町の紅葉と、菜の花色  福島県河沼郡柳津町
あわまんじゅう
 雪国の空に紙風船は上がる  秋田県横手市仙北市
うんぺい、ゆべし
 クラゲのいる水族館  山形県寒河江市〜朝日町〜鶴岡市酒田市
とち餠、きつね面とカラカラせんべい、おひな菓子、豆皿
……
 土地土地に「銘菓」があり普段の「おやつ」がある。著者は「おやつ」にこだわる。
 会津若松に「まんじゅうの天ぷら」というのがある。蕎麦屋にある。天ぷら蕎麦と一緒に注文する。

……揚げまんじゅうとは違い、カリカリとした天ぷら衣にくるまれている。
 箸で挟み、そうっとかじると、とても熱く、とても甘い。あんこと油のダブルパンチに脳みそがぶるぶるする。ねっとりとしたこしあんに舌をやけどしそうになりながら一気に食べる。……

 会津では仏事など人が多く集まる時に食べる習慣がある。好みで醤油、天つゆで。
 あんこと醤油、想像難しい。あんこと酒はわかるけど。
 本書、昨年夏の出版予定だった。大震災の時点で2/3ほどできていたが、出していいものか悩んだ。つらかった。

……残った作業に手をつけ始めたのは、直後はつらかったあの記憶が、時が経つにつれ、次第に忘れたくない思い出に変わっていったからだ。旅先で見た、思わず黙りこんでしまうような景色、これまで食べたことのないおやつ、偶然出会ったわたしと言葉を交わしてくれた人々。郡山を離れ、これからどうなるのか不安だったその頃のわたしを、そんな東北での記憶が励ましてくれた。

 イラスト:nakaban  装幀:中林麻衣子
(平野)