週刊 奥の院 8.3

今週のもっと奥まで〜
■ うかみ綾乃 『蝮の下』 小学館クリエイティブ 1286円+税 
 著者はミュージシャンで作家、生田流箏曲師範。http://www.aja.vc/
 本作品、第2回団鬼六賞大賞受賞
 伝統的箏曲師匠の家に生まれた姉妹。蝮神社の祭事演奏をめぐって悪辣な罠にかけられる。姉妹の運命や如何に?
 場面は祭事の日。演奏が始まろうとした時、大きな爆音とともに火の手が上がる。異形の下男・政巳が姉の京香を救う。二人は森の中で抱き合う。

……
「お嬢さま……お嬢さま……!」
 熱を湛えた目で政巳が貌を上げた。
 烈々とした瞳の輝きが、京香の本能をなお燃やす。
 遠い記憶が鮮やかに蘇る。
 緑の輝く庭に立ち、たどたどしい口ぶりでこの男の名を呼んだ幼子の頃。いつしか自分を見る目に淫靡な欲情を嗅ぎ取り、秘かに疼きを覚えた少女の頃。私はいつも政巳の視線を探していた。その目に見つめられている時だけ、薄暗い己の本能に触れることができた。赤く染まった逢魔が時。死んだ太陽の血溜まりに身を浸して、私たちは秘密の共犯者だった――
 汗にぬらつく肉体を起こし、政巳の手が京香の膝を抱えあげた。
 淫情の蜜にまみれた裂け目に、火のような鎌首が押し当てられた。
 京香も腕を伸ばし、政巳の肩をしっかり抱いた。
「おまえがいるから、生きてこられた」
 喘ぎのはざまで、囁いた。
「俺もです……お嬢さま」
 見つめ合う互いの目と目は、片時も離れなかった。
……

(平野) 
【海】HP更新。 http://www.kaibundo.co.jp/index.html
 「本の生一本」連載100回記念で、紙版「海会」で大特集。そのため「海の本コーナーより」と「眼」はお休み。