週刊 奥の院 7.29

■ 上林暁 傑作随筆集  故郷の本箱』 山本善行 撰 夏葉社 2200円+税 
「高根の花」 「幼な友達」 「正宗白鳥会見記」 「律義な井伏鱒二」 「大正の本」 「なつかしき本」 「本道楽」 「古本漁り」 「座右の書」 ……
 作家たちの思い出、本についての文章が多く収録される。
 表題作「故郷の本棚」は昭和31年発表。
 本は生家に送って保存。
 

現在のところは、郷里に帰った場合、読む本に不自由しないためである。しかし、さきのことをいえば、頭もからだも衰えて、東京での文筆生活にたえられなくなったときには、郷里に引っ込んで、これらの本をひもとくのを楽しみにしながら残生を送りたいという考えがあって、こういうことをしているのである。それは、私が老後につなぐ、楽しくなくはない一つの夢である。

「村の学校」(昭和15年)は全集未収録。『蠺絲(さんし)の光』(滋賀版)という雑誌に掲載されたもので、撰者の若い友人が発見した。
 郷里に帰っていた時、ちょうど小学校新築落成記念の運動会。古いオルガンが校庭に置かれている。上林が小学1年生の時(明治42年)購入されたものだった。当時オルガンをひいたC先生と再会。古い桜の木、元は校門の脇にあったのだが、校庭が広くなって桜はまん中になった。側にいた男たちが桜を移すかどうか議論している。自分も考えてみるが決断はつかない。リレー競走が始まった。その桜の周りを駆ける選手たち……、
 「僕の眼には赤や黄や水色などの鉢巻だけが映って、もはや桜の木の姿は少しも見えなかった。」


「古本屋のオヤジ」には、『昔日の客』関口良雄が登場する。
 

 私が上林暁の文学にのめり込むようになったのは、『武蔵野』(現代教養文庫)を読んだことがきっかけだった。……そのときから上林暁という楽器が私のこころに入りこんで、上林のどの作品を読んでも、その楽器が鳴り響くようになったのである。私は、それ以来、上林暁の文章をことあるごとに読み返してきた。うれしいことがあったときにも読んだし、悲しいこと苦しいことがあったときにも読んだ。悲しいとき苦しいときには、その悲しみ苦しみをじっと見つめるような読書になった。今となってはそのこともなつかしい思い出である。……

撰者解説より。
(平野)