週刊 奥の院 7.17

■ 開高健 谷沢永一 向井敏 『書斎のポ・ト・フ』 ちくま文庫 780円+税
装幀:間村俊一 挿画:林哲夫
 元版は1981年潮出版社。3人は昭和25(1950)年頃大阪の文芸同人誌「えんぴつ」でいっしょだった。解説の山崎正和が書く。

……この雑誌には中心となる先輩文士の権威もなく、周辺で引き立ててくれる有力な職業文筆人の援助もなかった。……意気軒昂たる三人の文学青年は、外にたいしてはすべての権威を否定する気概に燃え、その分だけ内に向かってもことさら厳しく、互いに妥協を許さぬ批評を浴びせあった。同人の作品合評会は熾烈を極め、気の弱い新人作家のなかには酷評に耐えられず、そのまま創作の道を断念した者もあったと聞いた。この雑誌に年長の指導者がいなかったことは、同人に夜郎自大の甘えを許すどころか、逆に過度ともいえるほどの自戒を強いて、潔癖主義な文学態度を養ったのかもしれない。……

 開高は芥川賞を受賞するまでは壽屋で宣伝マンだったことはよく知られる。谷沢が文筆家として一般に登場するのは『完本・紙つぶて』で、50歳を越えていたし、向井はまだその後。昭和一桁世代の彼らには「目前の生活をたてる必要」があったし、「えんぴつ」時代に養われた批評精神が「彼ら自身の文業に向けられていた」と、山崎は推察する。

 鼎談の内容。 
● 八丁堀のホームズ  捕物帳耽読控
● 虹をつかむ男たち  ロマン・ピカレスク
● 末はオセロかイヤゴーか  児童文学序説
● 荒野のパンテオン  現代マスコミ論
● 手袋の裏もまた手袋  文学のなかの政治人間
● 山川草木鳥獣虫魚  ナチュラリスト文学考
● 野に遺賢 市に大隠  知られざる傑作
● 余談「千夜一夜
「野に遺賢〜」では、篠沢秀夫『フランス文学講義』、ボルヘス『幻獣辞典』などとともに、殿山泰司『日本女地図』を取り上げる。

(向)この本のハイライトをあげるとすると、東京の女の……
(開)そう。「上ツキの定義に関するタイジ・トノヤマの法則」。これを読んだときは一読三嘆、笑いころげて涙が出たよ。
(朗読しようと言う開高に、向井が遠慮しとく、と。谷沢に別の対談でも向井が下ネタで弱りきったことを暴露される)
(谷)東京文化に毒されとるんやな。
(向)そんなに総がかりでいびるな(笑)。
(開高が殿山の名[奇]文を引用する)
……彼女の頭のテッペンから足の先までを通る中心線、これを体軸というが、この軸は水平になっているはずだ。これに対して行為のさいのアソコの穴の角度、これを膣軸というが、膣軸と体軸とがつくる角度、これが問題なのだ。……

(平野) 谷沢(たにざわ)の「紙つぶて」が出た時、私はまだ新米で、お客さんが「やざわえいいちの〜」と訊いてこられて、それを「やざわえいきち」と聞き間違えてドタバタ。失敗談は一杯あるぞ、昔も今も!