週刊 奥の院 7.6

今週のもっと奥まで〜
■ 小池真理子 『二重生活』 角川書店 1800円+税
 他人の秘密を知ることの興奮。ある男女を観察するが、やがてそのことは自分と恋人との関係にも影響してくる。
 大学院生・白石珠。講義で知った「文学的・哲学的尾行」に刺激を受け、近所に住む石坂史郎を尾行する。大手出版社編集部長、美しい夫人、子どもは私大付属小学校、仲の良い家族で、家もきれいに手入れされている。土曜日の午後、石坂が駅前まで家族に送られてきたのを見かける。駅に向かう石坂の表情が家族の前で見せていた穏やかなものとは違うのが気になって、尾行を始める。地下鉄駅ナカ施設のカフェに。

……隣にいる石坂との距離は、わずか五十センチにも満たない。石坂はテーブルに両肘をつき、携帯を開けて覗きこんでいる。
 誰かと待ち合わせをしているのか。それとも、ここで時間つぶしをしようとしているだけなのか。
……珠の視界の中に、こちらに向かって急ぎ足で歩いてくる一人の女が飛びこんできた。
 中肉中背。年齢はわからない。二十代には見えないが、四十代五十代でもなさそうだ。ふつうに考えれば三十代だろう、と珠は思った。
(甘い会話が始まる。省略。女がノートを手渡す。昨夜石坂が女の部屋に忘れたもの。ノートのカレンダー、12月22日で盛り上がる。ふたりはその日にホテルのスイートで過ごす約束をする。石坂はこれから仕事。名残惜しそうに外に出るふたり)
……石坂と女は、いつのまにか、手をつなぎ始めた。まわりに人がいなくなったので、安心したのかもしれない。
 並んで歩く二人の後ろ姿を遠くに眺めながら、珠は、彼らがなかなか似合いのカップルだ、と感心した。
 背丈の違いもちょうどいい。全体が醸しだす雰囲気も、うまく釣り合いがとれている。
 性の相性が抜群なのか。それとも、単に深い関係になったばかりで、二人とも高揚しているだけ、ということなのか。
 しのぶという女は手をつなぎながら、一瞬でも離れまいとするかのように、彼の肩に頭を乗せたり、つないだ手を外して、彼の腕に腕をからませたりし、石坂は石坂で時折、彼女の腰に手をまわしたり、彼女の頭を胸のあたりに抱き寄せたりしていた。……
 ふいに、目の前を行く二人が歩調を落とした。次の瞬間、その姿はホール内(青山ダイヤモンドホール)にある、神殿のそれのごとき太い円柱の蔭に吸い込まれ、見えなくなった。
 珠はできるだけ、その柱から離れたコースをとりながら、同じ速度で歩き続けた。はいてきたのがトレッキングシューズだったのが幸いした。足音はほとんどしなかった。
 一秒の何分の一かの短い時間、珠は目の端で二人の姿をとらえた。振り返らぬよう注意しながら、僅かの隙に、珠は二人のしていることを視界に焼きつけた。
……

 ジャンケンちゃいます。
(平野)