週刊 奥の院 4.23

■ 池内紀 『ある女流詩人伝』 青土社 1800円+税
 詩人の名は、ユーリエ・シュラーダー。ドイツの人、文学史に出てくるような詩人ではない。かの国の百科事典にものっていないらしい。
 著者は『ヴェルフェの白鳥のエロティコン』という原書を手に入れる。エロティコン=性愛詩篇。 
 

 ついぞ読んだためしのない詩であって、スタイルは古風だが、中身はいたって新しい。思想やモラルは古びるが、男女の性愛の古びることはないからだ。

 少しずつ本を集めて、近代ドイツ史とともに彼女の生涯を綴る。
 

 平凡な人生だったが、しかしながら十九世紀末から二十世紀前半の激動の時代を生きたことになる。夢淡き娘のころに詩を書きはじめ、それは「帝政ドイツ」といわれる時代だった。
第一次世界大戦、戦争は4年続いて、敗戦。「狂乱のインフレ」。極右と左翼の流血闘争。そのスキをついてナチズム。)
 ユーリエ・シュラーダーはそんな時代を、世の片隅からじっと見ていた。そして、詩を書いた。

 日記に詩を書いていて、17歳のとき初めて新聞に詩が掲載される。女学校を卒業して、ブレーメンの領事宅で小間使いに。恋愛、別の家の家政婦、そして結婚。
 彼女の詩は2000を越えるが、多くが死後に机の引き出しから発見されたもの。生前発表されたものは1割もない。主に主婦向け雑誌に掲載された。
 月刊の「食卓とマナー」に載った詩、「ソース」。雑誌の特集が「ソース」だったのだろう。
辛いソースがとびちった
白い胸当てが台なし
あらあら、ズボンにも
ほかならぬそこに点々と
 
 客が失敗して女中がふいてあげる。家に帰ったら奥さんに叱られるだろう。と、続くのだが、彼女の詩は、

 何げない一行がはさまって意味が奇妙にズレてくる。

奥さまはきっと愛のしるし
お返しのソースを欲しがるわ
ああ、この方、それができるかしら
わたしがきれいに拭ったあとだもの

 普通に訳すと、「奥さまが夫をなぐさめて愛情こもったソースをつくるというのだが、ソースで失敗したのだから、すぐにはウンといかない」となるそう。編集者もそう解釈して掲載した。「シャボン」というのもある。
 彼女が詩人として重宝されたのは、

 読みようによれば、きわめてワイセツ、性的語彙があからさまで、ポルノ詩を思わせるもの。当の詩人は、どうやら気づいていなかったようだ。とすると、それはひとりの詩人の拙い語法にとどまらず、時代の女のひそかな「願望充足」にあたるのではあるまいか。

 フロイトが「夢判断」でエロ学者と言われていた時代、その説を体現するかのような詩。
 彼女の詩は1919年以後めだって少なくなる。手紙類もない。

 時代はもはや風変わりな性愛詩を楽しむような余裕を失っていた。

彼女は村で唯一のユダヤ人だった。
1939年11月11日、村外れの川に彼女の死体が浮く。自殺だったが、詳しい事情はわからない。

◇ ふるさとの本 (7)
◆ 福井新聞社 http://www.fukuishimbun.co.jp/modules/sec_contents/index.php?id=4
【出品書目】
親鸞なう 1429円+税  奇跡の「地方前衛」 福井近代美術1920−1945 4800円+税
北陸の「禅の道」 道元曹洞宗 2200円+税  まほろば物語 2000円+税
継体大王と越の国 2000円+税  炎の如く 由利公正 1748円+税

◆ 岐阜新聞情報センター http://www.gifu-np.co.jp/info/publish/
【出品書目】
みのひだ地質99選 1800円+税  坂折棚田物語 1905円+税
森の案内人 1238円+税  両面の宿儺 1429円+税
小瀬鵜飼 1905円+税  森田草平短編名作集 1905円+税
東日本大震災 ぎふ支援の記録 952円+税  よくわかる日本のやきもの 1333円+税
木曽川紀行 3333円+税  岐阜から生物多様性を考える 1143円+税
濃飛歴史人物伝 1143円+税

森田草平」は漱石の弟子、岐阜出身。
(平野)
 勁版会30周年記念例会(4.21 コープイン京都)で、団鬼六賞作家「花房観音」さんにお会いした。名刺には「作家・バスガイド」とある。いまも現役のガイドさん。中学生や高校生を痛ぶってはるのか? といけない想像……。