週刊 奥の院 3.19

■ 吉行淳之介〈編〉 『酔っぱらい読本』 講談社文芸文庫 1300円+税
 底本は、『酔っぱらい読本 壱』『(同) 弐』(講談社、1978年)。 
丸谷才一  朝酒/ハムレット異聞/バーへゆく時間
佐多稲子  春野菜と竹筒の酒/酒少々の私のたのしみ
大岡昇平  酒品
内田百輭  おからでシャムパン
埴谷雄高  酒と戦後派
吉田健一  飲む場所
井伏鱒二  勧酒
檀 一雄  酒ならダン!
他、全22編。
 太宰治「酒ぎらい」より。
 二日続いて大酒。

……おとといの夜、ほんとうに珍しい人ばかり三人、遊びに来てくれることになって、私は、その三日ばかり前から落ちつかなかった。台所にお酒が二升あった。これは、よそからいただいたもので、私は、その処置について思案していた矢先にY君から、十一月二日夜A君と二人で遊びに行く、というハガキをもらったので、よし、この機会にW君にも来ていただいて、四人でこの二升の処置をつけてしまおう、どうも家の内に酒が在ると眼ざわりで、不潔で、気が散って、いけない。四人で二升は、不足かも知れない。談たまたま佳境に入ったとたんに、女房が間抜顔して、もう酒は切れましたと報告するのは、聞くほうにとっては、甚だ興覚めのものであるから、もう一升、酒屋へ行って、とどけさせなさい、と私は、もっともらしい顔して家の者に言いつけた。酒は、三升ある。台所に三本、瓶が並んでいる。それを見ては、どうしても落ちついているわけにはいかない。大犯罪を遂行するものの如く、心中の不安、緊張は、極点にまで達した。身のほど知らぬぜいたくのように思われ、犯罪意識がひしひしと身にせまって、私は、おとといは朝から、意味もなく庭をぐるぐる廻って歩いたり、また狭い部屋の中を、のしのし歩きまわったり、時計を、五分毎に見て、一図に日の暮れるのを待ったのである。
(友人たちがやってきて)
……私は、ただもう呑んだ。感激を、なんと言い伝えていいかわからぬので、ただ呑んだ。死ぬほど呑んだ。十二時に、みなさん帰った。私は、ぶったおれるように寝てしまった。

 翌朝、遠くまで来てくれた友人たちをもてなすことができず淋しさを感じ、彼らは幻滅しなかったろうかと心配し、ひとりが酒を持って来ていたのを発見してそれを喜び、また苦痛を感じる。そこへ別の友人がやって来た。「台所の不浄のものを、きれいに掃除して、あすから、潔癖の精進をはじめよう」とむりやり呑ます。昨日の一人が奥さん連れで挨拶に来たので、「ほとんど暴力的に座敷」にあげて酒の仲間にする。
もう一軒顔出しせねば、と言う夫妻を、
「いや、その一軒を残して置くほうが、人生の味だ、完璧を望んでは、いけません」 と説得。
(平野) 堀口大學の「酒のいろいろ」、はい、いいです。