週刊 奥の院 2.4

■ 川本三郎 『白秋望景』 新書館 2800円+税
 

 はじめに喪失があった。
 柳河の沖の端の代々続く海産物問屋であり、造り酒屋でもあった実家は、明治三十四年(一九〇一)、白秋十六歳のときに、大火にあい酒蔵と六千石の酒を失った。以後、家運は大きく傾き、明治四十二年(一九〇九)、白秋の最初の詩集である『邪宗門』が世に出た年の暮には、ついに破産した。
 北原白秋は没落名家の子である。……

荷風と東京』『林芙美子と昭和』に続く文学者評伝。
『林〜』を書き上げたあと
「自然に頭に浮かんだのは北原白秋だった」
 林が『放浪記』のなかで白秋を取り上げていた。白秋の影響を受けた文学者は多い。川本は、幼い頃阿佐谷に住んでいた。白秋終焉の地で、その住まい「五つ角」があった。

……白秋は、徹底して言葉の人だった。詩、短歌、さらに童謡、散文……白秋は言葉に生きた。しかも、小説家でさえ、小説だけで生活してゆくことが困難だった時代に、白秋は韻文の世界で筆一本で生きた。これは、それだけで敬意に価した。とくに私自身が筆一本で生きていたので白秋の生き方に共感した。
 しかし、そうした実人生の問題とは別に、白秋に惹かれたのは、言葉に生きる者として、つねに時代のなかで新しい言葉を考え続けてきたというその革新性にある。

 連載8年の大作、全430ページ超。
「帯」で第16章の「からたちの花」の一部が紹介されている。川本はこの原稿を2009年1月に発表。前年最愛の夫人を病で亡くして、その悲しみが伝わってきます。
(平野)