週刊 奥の院 1.16

◇ 河出文庫
■ 管啓次郎 『狼が連れだって走る月』 1200円+税 
 1994年筑摩書房刊。詩人で翻訳家、比較文学者の旅エッセイと野生の哲学。序文、よしもとばなな
1 風の眼の部族  このからっぽな高原で 歩み去るチャトウィン ……
2 ふたつの熱帯とふたつの手紙  タルシーラの回廊とエグゾディシズムについて クジラが旅をする ……
3 心が住みつく地勢  アルバカーキの友人 旅の達人、あるいは中国的な猿 ……
4 光の地帯、メキシコ

 89〜92年の作品。

……この間、ぼくはアルバカーキとシアトルに住み、それ以前に住んでいたホノルルへの再訪をふくめて、その周辺のいくつかの土地を小きざみに旅した。熱い緑のしたたる北回帰線の島々、唇や指を割るからっ風の吹く高原砂漠、濃い霧にしずむ針葉樹林の来たの海岸地帯。ある陽画からその陰画へ、つねに地理学上の対角線をたどるようにしてぼくは土地を映り、地勢に魅了され、気候に慣れ、ことばを聞き知り、習慣を変え、その場所が自分にとってしっくりしたものにおもわれはじめる頃にはまた別の対角線をたどって、この世界という透明な迷宮のごく限定された他の一部分へと迷いこんでいった。……

 表題のエッセイは北米の狼の話。
 牧場主は家畜を襲われ、ハンターは獲物が減る、警戒すべき相手だ。しかし、先住民族とっては、狩人という「おなじライフ・スタイルでもって共存する仲間、ときには見習い、うやまうべき相手」だ。

……狼のように狩りをすれば、どんなに長く暗い冬にも、必ず獲物はとれる。人は狼の狩りをまね、言語を使わず、身体の合図によって狩りを作りあげてゆく。最適の生存戦略が、種のちがいを超えて収束し、一致する。

 狼と獲物になる獣にはコミュニケーションがある。野生の供犠、聖性。

……この広大な聖性への感受性をとり戻すことは、ヒトというわれわれの種にとって、今後当面の課題だ。


 チェロキー族は、冬の旅には両足に灰をすりこみ狼の歩みをまねる、凍傷を避けるため。ポーニー族は冬の星シリウスを「狼の星」と呼び、トウモロコシとバッファローの収獲を左右すると考えた。ちなみに中国では「天狼星」。
スー族は、「さえざえと輝く十二月の冷たい月のことを『狼が連れだって走る月』」と。


■ 久生十蘭 『十蘭レトリカ』 760円+税
 生誕110年。 収録作品。 胃下垂症と鯨 モンテカルロの下着 ブゥレ=シャノアヌ事件 フランス感(かぶ)れたり 心理の谷 三界万霊塔 花賊魚(ホアツオイユイ) 亜墨利加討(アメリカうち)
 コント、歴史小説、ラブコメ、悪漢もの……、
「題材も趣向も違う八篇はいずれも舌をまく出来映えだ。……小説は、豊饒で猥雑な現実世界を満々と湛えて、そこにある」(解説:阿部日奈子)

■ 有須和也 『黒田清 記者魂は死なず』 950円+税 
 黒田清(1931〜2000)、52年読売新聞大阪入社、76年社会部長。犯罪・社会事件での特ダネ取材、戦争展開催、交通安全問題・人権問題などの連載は読者も巻き込んだ。大阪社会部は「黒田軍団」と異名を取った。しかし84年元旦、論説委員長渡邊恒雄は社説で「読売」の右寄り路線を鮮明にする。軍団は切り崩され、黒田社会部長解任、閑職に。87年退社して「黒田ジャーナル」設立。
 著者は宗教団体の雑誌編集者時代に黒田を知る。酒の席で訊ねた。
「文章のコツを一言でいうと、どういうことになりますかね」
「あのな、息をするように書く、ただそれだけのこっちゃ」
 解説は伊集院静吉永みち子

(平野)こちらのブログで【海】を紹介してくださっています。丹念に棚を見ていただき、ありがとうございます。
 http://ameblo.jp/wakkyhr/entry-11134993091.html