週刊 奥の院 1.7

■ 神盛敬一(かんもり) 『衝海町(つくみまち)』 編集工房ノア 2000円+税 
 第4回神戸エルマール文学賞受賞作他4編。
 1943年神戸生まれ。2000年から文章を書き始め、01年カルチャースクール文章教室に入講。
表題作「衝海町」は、長田の町工場が並ぶ地域を舞台にした少年成長物語。父親が経営していた会社が倒産。父は再起をはかるが、いろいろあって鉄工所で働くことに。家族住み込み、母はそこの寮の賄い婦。
 

 オート三輪は、アパートを出発して角を曲がると、国鉄のガードをくぐった。すぐに右折して高架と並行する市電筋を西へと向かう。国鉄の高架は緩やかに北西へと離れて行く。
 引越しは突然だった。行く先は、「つくみまち」というところだ。父が仕事にありついた鉄工所が、そのなかにあるらしい。僕が聞いたのは三、四日前のことだった。……

 これまでも何度も引越した。

……知らない町や新しい学校で、少しは生き方を学んだ。調子に乗らない。貧乏でも貧乏人の顔をしない、何ごとも積極的にならず、目立たずこぼれず普通の子どもでいることだ。そうしているうちに、新しい環境が勝手に受け入れてくれている。転校を二度三度繰り返すうちに身についたことだ。
 今度引越す「つくみまち」という町は、言葉の響きがいい。何かしら、新しいことが起こりそうな気がした。

 進学問題、初恋、働きながら定時制高校、性のめばえ、経営者への気兼ね、将来のこと、親への反抗、失恋……

……僕は自分のことで精一杯だから、細やかに家族の気持ちを想いやる余裕など持ち合わせていない。父がわざわざ「すまん」と部屋まで言いに来た。その意味まで深く考えてみたこともない。……
 橋の向こうにデコボコの広い地道が続いている。振り返ると、デコボコ道は衝海町を真っ直ぐ貫いて、市電筋と交わる。衝海町からはどこへでも行ける、どこにも突き当たっていない。新川は運河につながり、タグボートに牽かれた艀(はしけ)が行き通う。美子(初恋の相手)と立った衝海島の波打ち際からは大阪湾が広がっている。……

 機械技術者になる! 少年はしっかりとした希望を持った。
 カバーの絵も著者。
(平野)