週刊 奥の院 12.23

今週のもっと奥まで〜
■ 西加奈子 『地下の鳩』 文藝春秋 1200円+税  
 大阪ミナミ、夜の街。
 吉田はキャバレーの呼び込み、40歳。自分では「イケてる」と思っている。
 みさを、別の店の新米チーママ、29歳。病弱な妹を気遣い、いい子で人気者、他人が期待する役割を演じてきた。男性に対してもそうだった。
 吉田はみさをに一目惚れ。美人ではないが、いびつなパーツが不思議にバランスがとれていて、愛嬌があり可愛らしい。特に左右の目のアンバランスに魅かれる。
 帰りに食事をするようになる。みさをは食欲旺盛、吉田は飲むだけ。2ヵ月しても男女の関係にはならなかった。デート中、吉田の体だけの関係だった女と出会う。みさをは腹が立つのだが、その理由が自分でもわからない。吉田はその日初めてみさをの家に泊まる。
 吉田、みさをとの食事で金が尽きる。文無し。知り合いのオカマさんの暴力事件に巻き込まれ右目を負傷。無断で店を休み、みさをの元に。
 二人で香港、みさをはすべての貯金を使い果たそうと思う。観光はせず、食事(みさをは食って吐くだけ)。帰りの機内、揺れる。

……
「何。」
「わからん。」
「何。」
「わからん。」
……
「落ちるんかな。」
「落ちひんねや。」
 揺れが収まっても、みさをは、吉田の手を握り続けた。性交のときよりずっと、吉田と深く繋がっているような気がした。
「眼帯取って。」
 急にそういったみさをを吉田は奇異なものを見るように見た。
……
 眼帯をしていない、吉田の目からは、涙か膿か分からないものが、滲んでいた。そして、眼帯をしたみさをは、片目だけで、切実に、吉田を見た。みさをと吉田はずっと、手を握り合っていた。あんまり強き握ったので、お互いの手は真っ白になった。
 みさをは、その手を再び見た。この手は「紛れもない自分の手」だと思った。
 吉田は、みさをの手を握り返した。強く握り返して見た、左目だけのみさをは、笑っていたが、泣いているような顔をしている。この女を自分の物にしたい、そう思った。……

 情けなくて、つらくて、好きな女の前で泣いてしまう40男。女にも色々事情がある。
「鳩」は、冒頭、吉田の早朝仕事帰りの地下鉄駅で現れる。そして最後、みさをの買物を小さな広場で待つ場面。
 地下と広場、鳩は広場にいないといけない。
 みさをの店のアルバイト女性(カメラマン志望)、著者?
(平野)