週刊 奥の院 12.21

 みすず書房 大人の本棚 5点
■ 岩田宏 『アネネクイルコ村へ 紀行文集』 2800円+税

 詩人、「小笠原豊樹」名で翻訳。
【表4】の紹介文。
 ソビエトに始まり、イタリアとフランス、そして、どこよりもメキシコ、自由な精神が歩きまわった、1960年代から1970年代の世界の空気が横溢する、旅行文学。

 

 生きることの意味を問われて、明快に答えられる人は、むしろ少ないと思う。生の意味などわからなくとも、生きていくことはできる。同様に、旅の意味をしっかり把握していなくても、旅することは可能だ。……

 メキシコシティートロツキー博物館訪問記だけパラパラと。じっくり読みたい。

■ 野尻抱影 『ろんどん怪盗伝』  池内紀解説 2800円+税

 抱影を天文学者と思っていました。英文学者。また無知をさらす。
 17世紀末から18世紀、イギリスでは「貴族富豪は上にのさばり、官吏は腐敗し、下民は貧苦にあえいでいた」。
 そんな世の中では、盗人は怪盗・侠盗・義賊となって庶民の鬱憤のはけ口になる。
 主人公は怪盗ジャック・シェパード、牢破りの名人。実在の人物。『ロビンソン・クルーソー』の作者ディフォウが実伝を書き、ジョン・ゲイは歌劇『三文オペラ』のモデルにした。敵役はジョナサン・ワイルド。密告屋で、お上の手先でありながら悪党の上前をはねる。

■ 北條文緒 『猫の王国』 2600円+税  東京女子大名誉教授、イギリス小説専攻。
「猫たちとの共生から生まれる新しい日常生活。その生き生きとした、思いがけないドラマ(ドタバタ)を愛猫家ならではの視線で描く三篇」。プラス、40年前の留学地再訪。

■ 服部文祥編 『狩猟文学マスターピース 2600円+税  サバイバル登山家。 
 

 獲物を狩る、もしくは獲物として狩られる、という行為は人類史を通してずっと行われてきたはずだ。膨大な数の命のやりとりがあり、それとおなじだけの感情の起伏やドラマがあったと想像する。……
 とりあえずは狩りにまつわるすぐれた言語表現をできるかぎり集めてみよう。

 猟の前夜  マーリオ・リゴーニ・ステルン
 鹿の贈りもの  リチャード・ネルソン
 「密猟志願」より  稲見一良
 新しい旅  星野道夫
 津本陽辻まこと宮沢賢治他。

■ 栃折久美子 『美しい書物』 2600円+税
 ブックデザイナーのエッセイ40篇。
「装幀の美」より。

辻邦生『安土往還記』筑摩書房)……でき上った本を間に著者と装幀者があいさつをかわしたのは、版元の出版社でも著者の自宅でもなく、モンマルトルに近い裏町にある古びたアパルトマンの辻さんの仮寓でだった。このカバーのセピア色は今ここで見るよりも、モノトーンに近いパリのあの部屋に置いてあったときのほうがきれいに見えた。色が周囲の環境しだいで違って見えるのは当然のことだけれども――というようなことが一冊の本の背からとめどなく広がってゆく。棚から本を抜き出しさえすれば実際に目で見ることのできる表紙や箱の表側を思い浮かべるのはいうまでもないが、なかに描かれた物語のこと、その仕事をしたころの自分の生活や心の状態、受けた評価など、一冊一冊の本のは背後にはこうした見えないそしてはかることもできない何かがかくされてている。目に映っている色の集合はその最も外側の一部分にすぎない。……

(平野)