週刊 奥の院 11.28

■ 安住洋子 『春告げ坂 小石川診療記』 新潮社 1700円+税  
 主人公は小石川養生所の医師高橋淳之祐。彼が幼少の頃、実父は上役の不始末の身代わりになって切腹、母も亡くなる。5歳の時町医者の養子になる。大切に育てられ、二十歳で養生所の見習い医師に。
 養生所の看護人の悪さに困り、薬は満足にはないが、協力してくれる仲間たちと身を削って病人のために働く。勤めを終えると浅草の医学館に行き、徹夜で医学書を書写する。その帰り道。  

……降りしきる雨で視界が悪い。板塀に囲まれた養生所もまだ見えてこない。朝早く、すれ違う人影もない。どこか知らない坂を延々と辿っているような気がしてくる。 
 養生所に帰り着けば用事が待っているからこうして黙々と上っていけるが、これが先のわからぬ坂だったら息が辛くても悴む手をこすりながら歩を進められるものだろうか。
 養子として引き取ってくれた高橋の家を出て三年、体力気力ともきつい毎日だが、やりがいのある仕事に就けてよかったと思っている。将来のことは考えていない。今は日々の診察に追われ、一人でも病に苦しむ人を助けるために自分の力を出し切ることで精一杯だった。
 坂を上るのは少しも苦痛ではない。
……

小説誌での連載を楽しみにしていました。淳之祐が長崎に行くところまでですが、これで終わったのでしょうか? 続けてほしいです。
(平野)