週刊 奥の院 10.29

■ 井上理津子 『さいごの色街 飛田(とびた)』 筑摩書房 2000円+税
 著者は1955年生まれ。大阪を拠点に活動していたが、現在は東京。本書は足かけ12年におよぶ取材の成果。
 大阪市西成区に今もある色街「飛田新地」。
 「料亭」が並ぶ。実は……。
 著者、客引きの女性に訊ねてみる。 


「あの〜、私も店に上がれます?」             
 おばさんはきょとんとし、
「何、あほなこと言うてんの、女のくせに。あほ」
 もう一軒で同じことを訊く。
「あほかいな。それやったら、レズの女の子用意しとかな」
 と笑ってかわされた。え〜い、もう一軒。名目は「料亭」なんだから、もしかして中に上げてくれる店だってあるかもしれない。上がって、店の中を見てみたい。今日は三万円持っている。よ〜し。ダメ元でもう一軒、声をかけようと思ったその時だった。
「うるさいわ。女の来るとこ違(ちゃ)うやろ、どあほ」
 怒声が飛んできて、頭から塩をまかれた。
「早よ、帰らんかい」
 すごまれた。
 とっさに、私は深く頭を下げ、
「すみません」
 と謝った。

 

 それでも引き下がらない。まず、自分の周囲に「飛田」経験者がいないか探す。知り合いにいないか紹介を頼む。意外にかんたんに見つかり、ヒヤリング。取材を手伝ってくれる人もいる。著者の代わりに「料亭」に上がって女性に質問する。著者は、地域で聞き込みし、歴史を調べる。「取材してはいけないところ」とわかってくる。
 

 やってはいけないことを地域ぐるみでやっていることは誰の目にも明らかだが、「それを言っちゃダメ」という無言の圧力が、この町にはある。そんな町の雰囲気に、公共機関までが“共存”している。わずか三百メートルほど西に西成署があり、記者クラブもあるのに、マスコミにたまに登場する飛田は「鯛よし百番」(料亭)を切り口に「古き良き花街情緒を残す町」という紹介がほとんどである。

 著者は、暴力団関係者にも筋を通して取材し、「料亭」の面接を受け、警察にも質問をする。働く女性にもインタビューできた。
(平野)