週刊 奥の院 10.21

◇ 今週のもっと奥まで〜
■ 川上未映子 『すべて真夜中の恋人たち』 講談社 1600円+税
 主人公、入江冬子34歳、フリーの校閲者。少々アルコール依存あり。カルチャーで知り合った三束さん(58歳)にほのかな恋心。お茶を飲んで、本やCDを借りて話すだけ。彼の夢を見て電話をする。率直に話す。クリスマスに食事をする。告白、誕生日を一緒に過ごしてほしいと願う。しかし……。
 引用部は彼女の夢のところ。

(こんな家に住みたいと説明)
 三束さんはいいですね、と返事をし、コーヒーを飲み、それからまたいいですね、と言った。ふたりが眠るのはベッドではなくて布団なのよ、とわたしは三束さんに笑って言った。小さな布団で、くるまって眠るの、とわたしは何度も三束さんに説明していた。三束さんはいいですね、とまた肯いて、その家はどこにあるのですか、とたずねた。……どこでもいいじゃないとごまかして、いいから布団にくるまってもう眠ってしまいましょうと三束さんの腕をとって布団にもぐりこむのだった。
 そしてわたしは当たりまえのように三束さんと白い小さな布団のなかで体をあわせた。肌と肌をふれることがこんな感触のするものなのか、体温を、指さけではなくお腹や』背中といったひろさで受けとめることがこんなにもすべてを交換するような気持ちのするものなのかと、何度も思わずにはいられないほどの快感にうっとりとゆれ、三束さんがわたしの体にふれるたびに、ふたりの体をひたした温かい液体がしずかにおおきく波をたて、何度でも気が遠くなる思いだった。そして、すきな人の目をこんなに近くでみつめることがこんなにも鮮やかでやさしく、体のいちばん奥のあたりからうまれかわるような思いのするものなのか、自分の身に起きていることにふるえるような思いで三束さんの背中に手のひらをまわして、おなじところを何度でもなでつづけているのだった。……

 夢の話より、現実のデートの別れ際が肝心のところ。
 孤独な者同士の切ない、ほんの一瞬のふれあい。哀しい恋なのだけれど、真夜中の光だけれど、その光が消えても、また朝の光がやって来る。冬子さんを思いながら自分を重ねる(私も三束さんと同い年なので)、アホなおっさんであります。
(平野)
「福島出版社フェア」を「神戸・図書館ネットワーク」で紹介いただいています。ありがとうございます。
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