週刊 奥の院 10.7

◇ 今週のもっと奥まで〜
■ 玄月 『狂饗記』 講談社 1600円+税

 1965年大阪生まれ。99年、『蔭の棲み家』で芥川賞
 本書は「小説現代」に掲載した短篇5篇と書き下ろし1篇。ここだけの話ですが、この人の作品はHです(皆、知っているか)。書き下ろしの「男がなくしたもの」。
 離婚した妻子に渡す金のほか、多額の借金を抱える売れっ子イラストレーター神河、ノーテンキに女漁り。しかし担当者から「仕事が荒れている」と指摘される。改めて借金を計算してみる。あまりの金額に笑ってしまう。が、恐怖も。それでも女を物色、知人の女性デザイナーたちと飲みにいくことになる。なかの一人、ゆきみのほっそりした首に一目惚れ。彼女も危険な匂いのする神河に惹かれる。

……
「あの子たち失礼よね、洗濯板なんて。ほんとは少しはあるんですよ、大きいとはとてもいえないけど」
「そんなのはまったく問題じゃない。大事なのは、ときめいたかどうかだよ。初めて見た瞬間にさ」
 よくもこんな歯の浮きそうなせりふをさらっといえるものだ。
「神河さん、結婚されてないんですか?」
「五年前に離婚したんだ。いまは彼女もいないよ。ゆきみさんは?」
「最近別れたんです。そうですか、いないんですか。もてそうだから、てっきりいると思ってました」
「そんなにもてないよ。あまりもてたいとも思わないし」
「どうしてですか? 男はもてるほうがいいんじゃないですか」
「本当に大切な人にだけもてればいいんですよ」
 そういってからじっと首を見ると、ゆきみは少しそわそわしだした。
……(彼女の首と顎の美しさをほめ、手を撫でる)
「あの、趣味とか、仕事のこととか、聞かないんですか?」
「そんなのはいま必要じゃない。いまは、ありのままの君を見ていたいんだ」
……


 あほらしいくらいキザー、で、二人はできてしまう。彼女は法律事務所勤務、おかげで借金は整理され、仕事もフリーから勤め人に。だんだん野性味がなくなる。すると、彼女のほうから愛想尽かし。
 ざまー見やがれ! (小説やから) しかし、女心というのも……。
(平野)