週刊 奥の院 9.15

■ 石田千 『あめりかむら』 新潮社 1600円+税
 1968(昭和43)年福島生まれ、東京育ち。踏切エッセイで有名。本書は初の小説集。表題作は芥川賞候補作品。
 アメリカ村は大阪の若者の街。ラストまで出てこない。
 道子(30代後半)は病再発(死を覚悟するような)の不安。仕事を辞めた。学生時代就職勉強会で一緒だったT君のことを思い出す。彼の死にようやく向かい合うことができるようになった。自信家で煙たい存在、志望どおり広告会社に入り活躍、独立する。そのTが自殺したと聞いたのは6年前、ちょうど道子の病気が発覚し進行に怯えていた頃。会ったとき、青年実業家に話すことなど何もなかった。「世話になった」と言われた。丁寧に頭を下げられた。その後、不自然な死を知って気の毒とは思っても、他人事だった。
 道子は写真家の仕事を手伝い京都に。そのまま大阪。寂れた街でビールを飲んでいたら、“おとなのおもちゃや”で短時間のバイトをすることになる。店主きんたろうさんが、多めにバイト料をくれる。
「……これで、きれいな色の洋服買うて、東京に帰り。ほんま、あんたも黒い服きて、穴あいたジーパンはいて、べっぴんさんがだいなしやで」
「……うちの娘も、あんたみたいで、アメリカ村行ってくるーって出て、古着ばっかり買うてきよる。先進国のアメリカには、そんな汚い服しかないんかーっいうても、聞きよれへん」
 きんたろうさんが言うと、「アメリカも、ひらがなに聞こえた」。
 道子はバス停に向かう。途中のインド料理店のごみバケツには鶏の骨がつまっていた。
 彼の死後、「T君、自殺。」2つのことばを思い浮かべるだけだった。自殺は経営不振によるもの。彼は逃げなかった、ひきとめてくれる人もいなかった、自由に生きてよかった、ひとり旅でも、おとなのおもちゃでも……。
「T君、大阪はね、たくさんのひとが肉を食らい、骨をしゃぶり生きているよ」
 浮かんだ句?
「あめりかむら、きれいな色の服を買う。」

 収録の『大踏切書店のこと』は、『彷書月刊』2001.11月号初出。古本小説大賞受賞。古本屋が出てくるし、酒と季節のシンプルな料理に、下町の風情・人情いっぱいのほのぼの小説。踏切だって出てくる。
 カバーの絵は、恩地孝四郎「望と怖」。

(平野)今日(14日)もいいことが。『ほんまに』の原稿がひとつ到着。プロの作家さんにお願いしたもの。感謝。一読して、つい涙。特集は「東日本大震災と本」。営業マン、編集者、書店員にも依頼しています。乞うご期待。