週刊 奥の院

アヴィ・スタインバーグ 金原瑞人・野沢佳織訳 『刑務所図書館の人びと ハーバードを出て司書になった男の日記』 柏書房 2500円+税
 

 受刑者の中で、いちばん司書に向いているのが風俗の男(ピンプ、平野註pimp 売春斡旋、ヒモの意かと)。逆に全く向いていないのがサイコキラーと詐欺師。ギャング、銃器密輸人、銀行強盗は群集整理がうまく、少人数の協力者と手を組んで、慎重に練った計画を抑え気味のテンションで実行するのが得意。ということは、司書の基本的技能に長けているといっていい。ダフ屋や高利貸しも悪くない。しかしピンプには、ほかのどんな連中にも備わっていない名状しがたい資質がある。それをピンプたちは「愛」と呼ぶ。

 アヴィは敬虔なユダヤ教徒の家に生まれ優秀な少年だったが、大学で落ちこぼれフリーライターに。「ボストン・グローブ」紙で死亡記事を書いていた。正社員になることもできない。求人サイトで「ボストン、刑務所の図書室司書、フルタイム、組合加入可」を見つける。履歴書に「図書館学位なし、しかし、刑務所の図書室司書として働くために必要な技能と熱意を持っている」と書く。
 レッドソックスワールドシリーズを制した翌年、司書兼創作クラスの講師になる(直近だと優勝は2007年、その前だと04年)。
 上司や職員たちと話しているうちに素朴な疑問を持つ。
「刑務所の図書室の役割って、なんだろう?」。いろいろな人に訊ねる。
 百害あって一利なしで、最悪の場合は受刑者を甘やかし、かれらが犯罪を企てて実行する場を提供する。
 受刑者に囚われているという現実を忘れさせ、神経を落ち着かせるために有効。
 だれにとっても暮しやすい場所になる。
 見張られているとは思っていない受刑者から情報を引き出す格好の場所。
 受刑者たちを目覚めさせる場であって現実を忘れさせる場ではない――人生を変えたり、教養を深めたり、何か生産的なことができるようになる。
 若い黒人の刑務官は言う。「99.9パーセントの受刑者にとっては無用の長物だが、マルコムXのような人間を再び輩出する可能性があるというだけで存在価値がある」。マルコムXは読書に没頭して政治的精神に目覚めた。
 一方、バルジャーという犯罪組織のボスのように、軍事を研究した凶悪犯もいる。
 複数の刑務官から「しっかり目を光らせておくよう」言われる。
 昼休みに先輩のダイアナに訊いてみる。「あんまり考えすぎないで。ここにいる人たちは時間を持てあましてるの。本を読むのはいい時間つぶしになるわ。刑務所では昔からそうだったのよ」。
 単純な答えにアヴィはますますわからなくなる。
 アヴィは「ブッキー」と呼ばれる。古顔の受刑者が助手、古典好きのダイスとギャングのファット・キャット。
 強盗に遭う、元受刑者でアヴィを司書と知っている。それでも金は奪われる。美談にはならない現実。
 宗教家で法律に詳しい人、回想録を書くピンプ、 料理のレシピとテレビ番組の演出に情熱を燃やす人、などなど、多くのエピソードが語られる。様々な境遇の人々が図書室に集まってきて、そこで何かを探していた。
 アヴィは刑務官とのいざこざで停職処分になり、2年で退職。
 ボストン市立図書館で元受刑者と出会う。彼は前年のワールドシリーズチャンピオンのキャップをかぶる主義で「カージナルス」を頭に(06年チャンピオン、よってさきのレッドソックスの優勝は04年)。アヴィは彼に刑務所を辞めたことや刑務所内の心配事を話す。彼は笑い話でアヴィを諭す。
 商人、取引したスモモが腐っているかどうかでもめてユダヤ教のラビに争いをおさめてもらおうと相談する。ラビの答えは「わたしをなんだと思っている? スモモの専門家だとでも思っているのか?」
「これは、頭はいいが肝心なときに役に立たない男の話なんだ。な? 何かについてあれこれしきりに考えたからって、それについて何かわかったってことにならない……」
 答えはいつだって単純なものかもしれない。
荒蝦夷フェア 4.26「河北新報」記事。「荒蝦夷」HさんからFAXで。

(平野)