週刊 奥の院


小沢信男『本の立ち話』 西田書店 1600円+税
 

 若い身空で痔に悩む男がいて、みかねた十七歳年上の先輩が、わが身に卓効のあった治療法を図解で教えてあげる。テルテル坊主が便座に腰かけたような絵入りハガキが、そっくり本書に載っています。
 しかるに若者は、助言そこのけに悪友どもと二日酔いの不摂生をかさね、ついに三年後に手術の憂き目をみる。しかもその体験をとりこんで、出世作『スカトロジア――糞尿譚』を仕上げたのだった。
1枚のハガキからも、けっこう展開があるもので、そこで本書は長尺の絵巻物をくりひろげるあんばいとなる。一九五四(昭和二十九)年、若者が二十二歳のときの出会いから、一九八七年、先輩が七十四歳で歿するまで、三十三年間の往復書簡と、その注釈がA5版五百三十頁の大冊となった。

 「VIKINGクラブの師弟」 山田稔『富士さんとわたし――手紙を読む』(編集工房ノア)の書評(「図書新聞2008.10.4」)
 先輩が富士正晴、若者は山田稔。会えば、酒・激論・無駄話……、泊まり込んでの濃密なつき合い。反面、ハガキや手紙は素面で淡々と。
「この間合いが味わい深いですなぁ。当事者なのに観察者風だ」
 他に荷風東へ行く」「長谷川四郎を読みなおす」「花田清輝という人がいた」「畳の時代から椅子の時代」「王様水木しげる二等兵の帰還」「敗戦と古本」など、書評、解説、エッセイを集める。
 著者は、1927年東京新橋生まれ。大学卒業後、文筆業。詩・ルポルタージュ、評論、小説、俳句と幅広い。
『通り過ぎた人々』(みすず)『東京骨灰紀行』(筑摩)など。
(平野)