週刊 奥の院

井上章一『妄想かもしれない日本の歴史』 角川選書 1600円+税
第1章 英雄たちの夢の跡
第2章 あやかしどもに、魅せられて
第3章 キリスト教キリシタン
第4章 関東か関西か
第5章 美男と美女の物語
第6章 建築幻視紀行
終章  日本中世史のえがき方

 伝説というものがある。土地の人々に言い伝えられ、信じられてきた話。ひょっとしたらこうなんちゃうかー、と誰かが口走ったことに尾ひれがついて・・・・・・、というのもあるだろう。証拠の古文書まで捏造してしまう場合もある。都市伝説が伝えられていくかもしれない。
 21日の朝日新聞経済欄で、東京兜町オフィスビル空き室状況が記事になっていたが、「兜町」の地名は「平将門」伝承に由来する。関東各地に「将門」伝説がたくさんある。史実、伝承、物語、芝居がゴッチャになっていることもある。
 他に有名なのは、義経ジンギスカン説、西郷星、キリスト日本死亡説、小野小町伝説などなど。
 義経伝説は時代によって変化があるそう。丹念に調べた書誌学者がいる。まず、江戸初期(17世紀後半)に蝦夷地逃亡説が現われる。アイヌの神になったという説も出ている。室町時代御伽草子蝦夷地で義経が活躍する話があり、それがアイヌにも伝わっていたらしい。その話から蝦夷地逃亡説が出ているよう。18世紀、脱出先が大陸になる。ジンギスカンではなく、宋をやっつけた女真族の車将軍。18世紀末、清の皇帝は義経の末裔説。19世紀中頃ジンギスカンになって、1920年代に広まった。
「時代が下るにしたがって、話の大きくなっていく様子が読み取れよう。また、逃走経路も、大陸の奥へ奥へと進んでいったのである。まるで、のちの中国侵攻を、さきがけてでもいたかのように」
 伝説そのものは歴史研究にはならないだろうが、16〜19世紀にかけて、逃走先がのびることに興味がわく、と。その背後の時代精神や、江戸時代の情報環境、歴史的な想像力の系譜など、研究の対象になる。
(平野)