週刊 奥の院 第87号+1の3

師・井伏鱒二

三浦哲郎 『師・井伏鱒二の思い出』 新潮社 1400円+税 
 今年8月亡くなった三浦哲郎が書いた、師・井伏の思い出。元は、筑摩版『井伏鱒二全集』月報に掲載されたもの。
 三浦は1955(昭和30)年早稲田大学在学中に井伏に弟子入り。当時早稲田の助教授だった小沼丹に連れられ井伏宅を訪問する。三浦が同人誌に書いた『遺書について』を井伏は読んでいた。

「君、今度いいものを書いたね。」
「近頃、僕はどういうものか書くものに身が入らなくてね、困ってたんだが、君のあれを読んだら、また書けそうな気がしてきたよ。死ぬことがこわいんじゃなくて、死の呆気なさがこわいんだと君は書いているね。僕はあの一行に羨望を感じたな。」

『遺書について』を改稿した『十五歳の周囲』が新潮同人誌賞を受賞。芥川賞受賞したばかりの松本清張に井伏宅で会う。

 

松本氏は強い視線で射るように私を見て、
「新潮社の、なんの賞ですか。」
 と怒ったようにいった。
 先生が賞の性格をざっと説明されると、
「なるほど、新人賞ですな。」と、松本氏は肩から力を抜いたようにいい、「尤も、芥川賞だって新人賞の一つにちがいないが。」
 といい足して、厚い唇の間からなにかを吹くような音を立てた。 

 カバー他の写真がほのぼのとした師弟の関係を表わしています。
(平野)